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黄昏のエッダ  作者: 羽月
イフリート
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対面

三十代前半の男が、手元の資料に目を通し、目の前の不貞腐れたような男に視線を移す。

海龍の襲撃を受けた街で拘束され、ここまで連れて来られる数時間、

家に帰せとごねていたというが。

少年はずっと、胸に抱えていたタオルの中から出てきた子犬をぼんやりと撫でている。

その犬は? と問うと、ナツの子、と、ぶっきらぼうに答えた。


「ナツ」


「うん。ばあちゃんちの犬。

 ナツとこいつの兄弟は、倒れた家の下敷きになって死んじゃってた」


声を詰まらせて口をへの字に結ぶ。

ばあちゃん、とは、彼を下宿させている大家の松沢ハルの事だろう。

出先から犬の様子を見に戻るため、避難指示を無視した、という所か。

考えをめぐらせ、再び資料に視線を戻す。

谷城季実ヤシロ・キサネ十七歳、男。定時制高校の二年生。

八歳の時に母親が病死し、生活能力のない父が保護責任を放棄して失踪。

それ以降、中学卒業まで保護施設で暮らす。

唯一の肉親であったその父も、四年前の冬、路上で凍死している。

報告書には、酔い潰れて寝てしまったのだろう、という鑑識の見解が書かれており、

父親の死は、彼には知らされていない、と、続く。


「あのう」


おずおずと彼が声を掛けてくる。


「ん?」


「帰っていいすか? これから学校なんだけど」


聞きたい事も、突っ込みたいところもいくらでもある。

顔も髪も泥まみれ、ボロボロに切り裂かれた服を、乾いた血液で肌に張り付かせ、

真っ赤に濡れたタオルで包んだ子犬を抱きかかえて、

威嚇するような目で職員を見ていた。

シャワーを使わせ、とりあえず浅黄色の検査衣を着てもらっている。

精密検査の結果は、多少貧血の傾向はみられるものの健康そのもので、

目新しい傷も見当たらない、という事だった。

降り掛かるガラス片を浴び、倒壊するビルの下敷きになって、かすり傷ひとつない、と。


「まずは、自己紹介をしよう。私は大槻といって、ここで主任をしている。

 実際は、雑用係みたいなものだけどね。

 ちょっと言い辛いが、君は家には帰れない。

 学校も、少なくともしばらくは休んでもらう」


「ええ、ちょっと、そんな。じゃ、仕事は? 

 ニッパイの主任、マジおっかないんすよ。

 何日も休んだりしたら、絶対クビになるって」


身を乗り出して抗議し、大槻の表情を見て諦めたようにがっくりと項垂れ、

子犬を床におろす。

松沢ハルの家は、ほぼ全壊状態だった。

現在、別のスタッフが調査しているが、

彼の使っていた部屋も、住めるような状態ではないはず。

家財道具や衣服なども、諦めるしかなさそうだ。

彼は着の身着のままどころか、着ていた衣服さえも失くし、

所持品と言えば財布と携帯電話くらい。


「避難指示に従わなかっただけで、なんでこんな事に。

 スーパー、クビになったら、学校辞めなきゃならないかも。

 そうだ、ばあちゃん、どうしてます? 大丈夫っすか?」


「松沢ハルさんだね。

 今は老人介護施設に移動している。そこで避難生活を送る予定だ。

 君の事は知らない、一人で病院に来た、といっていたそうだが」


表情を窺いながらそう告げると、特に落胆した風でもなく、呆れたように肩を落とす。


「ばあちゃん、最近ボケがひどくてさ。つか、俺まで忘れるか、普通。

 あ、そうだ、キサネじゃなくて、ロキって言ってみて。そしたらわかるかも」


「ロキ?」


「うん、大槻さん、下の名前、なに?」


今どきの若者は、皆こんな風なんだろうか。不躾な態度に内心むっとするも、

こちらからはもっとたくさんの質問に答えてもらわなければならない。

関係を悪化させるのは得策ではない、と判断した。


「徹、だよ。オオツキ・トオル」


「じゃ、キトさんっすね」


そういって、うれしそうにへらりと笑う。

資料に書かれた彼の名前を再確認し、なるほどと得心した。


「ばあちゃん、施設に入るんだったら、コイツ飼えないかな」


足もとにじゃれつく子犬を軽くつま先で弄りながら、独り言のようにつぶやく。

それより、自分の身の置き場所を考えるべきだろうに、と、

大槻は心の中でため息を吐いた。

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