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黄昏のエッダ  作者: 羽月
風魔
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郷里

 ロキは電車に揺られながら外を見ていた。車窓越しの景色は、懐かしくはあったけれど何の感慨もなかった。ただ、暗く冷たい、底知れぬ水の中に潜っていくような、不快な不穏さがある。約十年ぶりに見る車窓からの故郷の街。幼い頃、電車に乗った記憶はなかったが、確かに見覚えがある、と思った。施設に連れて行かれた時は車だった。ならば、この景色を見たのは、カタンコトンというこの路線特有のリズムに身を任せたのはいつだったのだろう。母に、市の中心で毎年行われていた祭りに連れて行ってもらった時だろうか。

 ぼんやりと祭りの記憶が蘇る。あの時は、確か、父もいた。歩行者天国で、普段は車の行きかう道路に人が溢れていた。車道の真ん中を歩いてもいい事が不思議で、少し怖い気がして、父の手を強めに握った。法被を着た人たち、祭囃子、様々な屋台。わたあめを買ってもらった。キャラクターの描かれた軽い、水色のビニールの袋は、当時のロキが両手を回しても届かないくらい大きかった。

 ずっと殴られるばかりじゃなかった。笑って、家族で出かけた事もあった。父があんな風になったのは、母が死んでからだったろうか。いや、母も殴られていた。ならば、なぜ。突然別人のようになり、暴力を振るい、罵声を浴びせる父の残忍な笑みが過る。思考は様々なルートを経由し、一つの答えを導く。その答えを有り得ないと否定し、再び思考は別なルートを辿って、結局、同じ答えに行きつく。もう何度も繰り返してきた。いい加減、認めるべきなのだろう。

 眷属たちは姿を消している。他の眷属は呼び出されたときにのみ、姿を見せるのだが、ロキの眷属、エンとレヴィは、基本的にいつも彼のそばにいた。他愛もない事を話し、ロキの世話をし、くだらない事で言い合い、笑う。こうして、電車賃を浮かせるために姿を消していたりすると、逆に心許ないような不思議な感じがする。もしかして彼らが姿を現したままでいるのは、自分が心の底で、それを望んでいるからなのかもしれない。

 妖魔と戦う事も、傷つく事も、命を落とす事さえも、怖いとは思わなかった。ただ胸を満たすのは、失いたくないという思いのみ。やはり、けれど、でも。思考は再び繰り返される。

 線路が大きくカーブして、前の車両が折れるようにずれる。斜めに差し込む朝の日差しが乗車客の顔をスライドしていく。カタン、コトン。ロキにとって、不穏な、冷たく暗い水の底に沈む街。シュウ、キイイ、と、エアブレーキのかかる振動が伝わって来て、徐々に減速する車内に響くアナウンスが、彼が目指す駅名を告げた。

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