天狗
ロキがとある霊峰を訪れたいと言い出したのは、それからすぐの事だった。ロキの生まれ育った町に、近い。
「許可はするが、そこに何があるんだ?」
話しを持ちかけられた吉井と大槻が問うと、情報が欲しい、という。
「そこさ、昔から天狗が住んでいるって言い伝えがあるんだよね。エンとレヴィに聞いたら、魔族が住んでいる気配がするって。行って、もし会えたら、話だけでも聞いてみたいと思っているんだ」
「天狗」
「うん。あいつらが言うのには、魔族ではあるけれど、どっちかっていうと、神格化していて、会うのは難しそうなんだけど、ダメで元々だし」
「わかった。充分気を付けて行って来てくれ」
「吉井さん、あざーっす」
おどけた様に笑うロキに、大槻は一層不安が増すのを感じた。やはり、何か引っかかる。
「ロキ、最近、ちょっと無理していないか? 焦っているというか。何か思う所があるのなら、話してくれないか」
声を掛けると、ロキの眼を、昏い何かが過る。一瞬言い淀んで、少し真剣な表情で話し始めた。
「あいつらさ、この前、ほら、じいちゃんが勝手に連絡して来た時、急に跪いて下向いていたでしょ。後で聞いたら、姿を見る許可も、声を聴く許可も貰っていないから駄目なんだって。許可なく、神の姿や声を聴いちゃいけないんだって。神の前で、立ち上がる事さえダメなんだっていうんだよ。じいちゃんの話しっぷりだとさ、俺ら、いつか神と戦わないといけなそうだろ? けどあいつらがそういう決まりみたいなのがあるんじゃ、最終的に頼れない。俺自身が強くならなきゃ。俺は、人も守るし、あいつらも守るよ」
ロキの言葉に、背筋を冷たいものが走った。胸が締め付けられるような恐怖。吉井も同じ思いだったのかもしれない。緊張を含んだ声でロキに問う。
「それは、事実なのか? 彼らが、神には対峙できない、と」
「うん。スイッチが切り替わるみたいに、条件反射って言うのかな、勝手に動けなくなっちゃうんだって」
「谷城君、君はどう思う? やはり、神は我々を滅ぼそうとしていると思うか? 抗うためには、戦わねばならぬ、と」
「俺も、いろんなパターンを考えてはみた。神は直接、この世界に干渉できない、って事はないかな、とかさ。わざわざ魔族を使って襲わせているのって、何か理由があるかもしれないし。もしかして、強い魔族を作る事はできても、神自体はそんなに強くない、とか。
まあ、どっちにしても、人類の敵になる神がいるんだとしたら、いつか何らかの形で戦わないといけないんじゃないかと思う」
そう言って肩をすくめたロキが、何か言いかけた吉井を不思議そうに見る。吉井もロキと、彼の視線に気付いた大槻に、言い辛そうに言葉を探してから「少し待っていてくれ」といい、席を立った。