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黄昏のエッダ  作者: 羽月
浄土
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神言

 多忙の後、やっと自室に戻った各職員たちは、夜半、警報に呼び出された。


 大槻がモニター室に駆け込むと、画面には薄紅梅色の背景に、蓮の花と思われる、紋様のようなものが映し出されていた。こちらをちらりと振り返る薗田の不安そうな表情を見る。


「吉井さん、これは?」


「どこからか、不正にアクセスされている」


「アクセス先、特定できません。どこの回線を使っているんだ」


 いらいらと焦るような担当者の声に、吉井は苦い表情で顎に手をあてたまま。国家レベルの極秘情報を取り扱うこの施設は、当然のことながら、高いセキュリティに守られている。回線をジャックされるなど有り得ないし、大問題の事件だ。続々と集まってくる職員たちも、一様に驚きの声をあげ、ざわざわとした空気が室内に広がっていく。


「じいちゃん」


 小さな呟きに振り返ると、パーカー姿のロキが眷属たちに付き添われて立っていた。吉井に促されて、誰からともなく席に着く。と、画面から、リン、リン、という、不規則な音が聞こえて来た。鈴か、小さな鐘が鳴るような、水滴が落ちる音が、美しく響いているような澄んだ音。と、ロキの眷属二人が、弾かれたように床に片膝をつき、深く頭を下げた。ロキは彼らをちらりと見ただけで、再び、画面に挑むような視線を戻した。


 リン。リリン、リン。


 チリン。


『我は、神と呼ばれる一族。そのうち、そちらを庇護する者。

 此度こたびの、我が後裔こうえいに対する傍若無人な振る舞い、真に言語道断。

 浄土へ留め置く心積もりであったが、本人の望みに寄りて現世へ帰するものなり。次に驕慢な所業あれば、直ちに帥らは庇護を失くす。庇護失くせば、明日なきものと心得よ』


 リン。


 リン。


 ふ、と、画面は色を失くした。言葉無く、どこか怯えたような表情で顔を見合わせる職員たちの中、まず吉井が口を開いた。


「谷城君、今の声に、心当たりがあるようだが」


 視線がロキに集まる。立ったままの彼の背後で、眷属たちがゆっくりと立ち上がる。


「じいちゃんだ」


「間違い、なさそうだな」


 吉井の問いに、一瞬、ちらりと視線を逸らした後、いつもの柔らかい、照れたような笑みを浮かべた。


「ったく、じいちゃん、過保護過ぎだよね。うひー、はずかし」


 笑いながら肩をすくめ、そのままモニター室を出て行ってしまった。眷属たちが痛みに耐えるような表情でその後を追う。なぜか誰もロキに声すらかける事ができず、その背中を見送った。回線をジャックしたその映像と音声は、全世界の政府中枢機関とジェーナホルダーの関連施設で一斉に映されていた。


「政府機関で厳重に保管されている血液検査の結果を跡形もなく消し去り、谷城君の存在を隠し通す事ができるくらいなら、この程度の事は朝飯前という事か」


 疲れたような声で吉井が言う。神と名乗った者の残した言葉は、様々な憶測を呼んだ。彼の言いたい事は、ロキの拉致に関連する事柄に対して怒っている、そして、次に同じような事をしたら、再びロキを浄土へ連れて行き、今度こそこちらの世には戻さない、というところか。少し踏み込むと、新たな事実がいくつか垣間見える。まず、「そのうち、帥らを庇護する者」という言葉。「帥ら」が差すのは、人類だろう。神と呼ばれる一族の者は、ロキの曾祖父以外にもいて、その中には人類に害をなす者がいる、という事か。ロキの曾祖父は、人類の味方になって、害をなす神と対峙している。けれど、ロキを攫うような真似をしたら、もう守ってやらないぞ、という警告なのだろう。ロキを帰さない、イコール庇護を失くす、とも聞こえる。そうだとすると、人類を襲っている妖魔は、神が遣わしたもの、という事になる。


「我々人類は、神に疎まれている、という事でしょうか」


 薗田の声が、微かに震えていた。


 ロキは物思いにふける事が多くなった。未だ本調子ではないのだろうか、ぼうっとなにかを考え込んでいるかと思えば、体を痛めつけるかのようにトレーニングに入れ込んで眷属たちに諌められ、夜中まで本を読み漁り、そしてうつらうつらと寝ている姿をよく見るようになった。妖魔の襲撃が二度あったが、どこか無表情に、呆気なく片付けてしまった。確かに、それほど強大な敵だったわけではない。が、東京駅を襲った羅刹程度の破壊力は持ち合わせていたはずだ。それを、あっさりと。ロキの中で何かが大きく変わり始めている。

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