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黄昏のエッダ  作者: 羽月
浄土
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諸事

 午後、大槻と薗田がロキの部屋を訪れると、エンが迎え入れてくれた。


「あいつさ、部屋に戻るとすぐ、腹減ったっていうもんだから、柔らかく炊いた飯をだしたんだけど、少し食べただけでやっぱり眠いとかいってベッドに入ってさ。そのまま、未だにずっと寝ている。レヴィはしばらくロキのそばを離れようとしなかったんだけど、なーんかそわそわと落ち着かなそうにしていて、結局出かけてったんだわ」


 ロキは、確かに疲れているようだけれど大丈夫だ、ヴォルケーノにも礼を言ったら、すごく喜んでくれた、というエンの表情が、これまで見た事もないくらい穏やかで明るい。アキも気配を感じてか、にこにことご機嫌なようだ。


「気さえ繋がってればさ、血は、ま、後でもいいし」


 エンの言葉に、大槻は、思わず目の奥がじんとした。よかった。心底、そう思った。

 霧がたち、涼しい潮風の気配を纏いつつ、レヴィが姿を現した。いつもの無表情ながら、やはり、どこか優しげだった。


「主様は?」


「まだ寝ている」


「そうか」


 エンとのそんなやり取りの後、微かに頬を染めて俯く。ロキの帰還の歓びを噛みしめているのだろう。ふっとかすかな笑みを浮かべた後、大槻の視線に気付いて目を合わせ、照れた様にすっと顔を背を向ける。大槻にはそれが、彼らしい喜び方に思えて心和んだ。


 穏やかに日は暮れ、ロキの帰還を知るほとんどの者が久々の静穏な夜を迎え、安穏とした眠りについた。このわずか二日後、事態が大きく変革する事を思いもせずに。


 ロキは翌日も自室に籠りきり、眷属たち曰く、ほとんど寝ていて食事もわずかしかとっていないという。まだ本調子ではないのだろう。眷属たちと職員たちの意見は、しばらくゆっくり休んで様子を見た方がいいだろうという事で一致した。その分、吉井をはじめ、大槻達はゆっくりなどしていられない。政府へは各国から、経過や現状、ロキの安否確認に関する問い合わせや派遣の依頼などが殺到しているという。それに応えるべく、昨日のロキの話をまとめ、報告書の提出に追われていた。精密検査の結果は、過労という他、ロキがこの施設に来てエンの卵を受け取る前、吉井が「保険」としてロキに埋め込んでいたモノが、跡形もなく消し去られていることが判明した。通常の外科手術では無傷で取り除くことが困難な、想定外の最悪の事態に遠隔操作でロキの命を奪う事の出来る「モノ」が。神の言っていたという、「ロキに仕込まれたつまんない物」とは、これを指していたのに間違いないだろう。


 いつもより長い会議の後、大槻はやはり、ロキの部屋を訪れた。部屋の中からロキが、開いているから入って、と、声を掛けてきた。在室しているのに、誰の出迎えもないのは珍しい。扉を開けると、レヴィが、無表情に口を結ぶロキの左耳を、指先でそっと掴んでいる。エンは太めの縫い針のようなものをすっと撫でた。針は一瞬オレンジ色に輝き、振り冷ます彼の指先ですぐに色を失くす。


「何をしているんだ?」


「今回の反省を活かしてさ、やっぱ、ロキに証持っておいてもらわねえと、ってなって」


「いいぞ、充分に冷えた」


 レヴィの声に、おう、と応え、立ち位置を代えて今度はエンがロキの耳を持つ。ここまできて、大槻にも彼らが何をしようとしているのか理解できた。ロキは眉をしかめ、唇を噛む。エンは躊躇う事もなく、先程熱して冷ましておいた針をロキの耳朶に刺した。突き抜けた針の先が、紅い。ロキは大槻の表情をちらっと見て言う。


「痛くはない、よ。けど、通っている感じはわかる。肌をつぷって突き抜けた感じが」


「やめてくれ」


 怪我をする事は少なくないが、こういった光景は苦手だ。うんざりした様な大槻の声に、楽しそうに弱々しく、嗜虐的にクックと笑う。エンは傍らに立ったレヴィの持つ小皿から、小さなチェーン状の物を取り上げ、開けたばかりの穴に通す。


「できた?」


「おう」


 ロキは、元々渡されていたのだろう、手の中の白い布で恐るおそる自分の耳朶を包み、傍らのテーブルに置かれていた手鏡を覗いて、ああ、なるほど、悪くないねと感想を漏らした。大槻も見ると、ロキの耳につけられているピアスは、アンティーク調のシンプルなデザインで、リングの下に細いチェーンが二本下がり、その先にそれぞれ、眩く透けるコバルトブルーの石と、揺らめく金色の焔を宿した石が付いている。


「こんなちっちゃくっても平気なの? ヴォルケーノの指輪の石の方がでっかいよ?」


「大きさは、まあ、でかい方がいいっちゃいい。けど、まだ傷も塞がってないし、とりあえずな」


「穴に皮膚ができた後、改めて証を代えればよいかと」


 眷属たちの言葉に、こくこくと何度か頷き、満足気に無邪気な笑みを見せた。

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