表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄昏のエッダ  作者: 羽月
浄土
67/104

浄土(2)

 次に目を覚ますと、和室に敷かれた布団の中だった。木目の高い天井、太い木の柱、雲の上の建物を彫りぬいた、欄間の透かし彫り。壁の三方は襖で、残りの一方は白く、柔らかく光を透す障子。その向こうから、コッコッコという、リズミカルなニワトリの声と、ピチパチと雲雀ヒバリの囀りが聞こえていた。ゆっくり起き上がると、さらりとした生地の、作務衣さむえのようなものを着ていた。枕元の小さな盆には、陶器の急須らしいものと、湯呑が置かれている。古い日本家屋のようだけれど、ここはどこだろう。まだ醒めきらぬ頭で考えようとしていると、誰かが廊下を歩いてくる。男性らしい影が、白い光の中を横切り、部屋の前で立ち止まり、障子を引いた。起き上がっているロキを見て、うれしそうに軟らかな微笑みを浮かべ、畳の上を滑るように近づいてくる男は、二十代前半くらいだろうか、涼やかな目と、たおやかな所作が高貴さを感じさせる。初めて会う人のはずなのに、どこか懐かしい。


「起きたか、季実。具合はどうだ?」


「じいちゃん……?」


 ロキの言葉に、ほう、と感嘆の声をあげて目を細める。


「よくわかったな。あっという間に、ずい分大きくなって」


「やっぱり、じいちゃんなんだ? って事は、俺、死んだの?」


 ロキの言葉に、ふふ、と笑って首を横に振る。


「本来、儂は手を出してはいかんのだが。ひどい怪我をして、凍傷になりかけていたので、止むを得ず連れてきた。まだお前を死なせるわけにはいかん。だが、ここは、お前の肉体が存在する事はできぬ世界。肉体の方は、別な場所で治療している」


「え、じゃあ、俺、今おばけって事?」


「似たようなものだな。飯は、食えそうか? 腹が減っただろう。すぐに何か用意してやろう」


 おばけなのに、メシって。唖然としたが、確かに空腹を感じている。どれが本当で、どれが冗談なのか。それとも。


「じいちゃん、相変わらずボケてんの?」


 ロキの真顔の問いに、青年は声を出して笑った。




「じいちゃんちは、昔の農家って感じで、ガキの頃に住んでいた俺んちにちょっと似ていた。花がいっぱい咲いていて、雪柳や連翹れんぎょうや、菜の花やグラジオラス、百日紅さるすべりに沈丁花に牡丹、芍薬、百合、もうどこも花だらけ。季節とか関係なし。

 お茶の木の垣根の先は硬い土の道路で、その向こうは田んぼなんだ。村の人たちが、田植えしていた。俺も、ちょっと手伝ったんだ。村の人たちは、じいちゃんが言うのにはさ、みんな働き者なんだって。じいちゃんは、そう様って呼ばれていて、俺は、曾孫って言うとおかしいから、友達が遊びに来ているって事にしていた。

 みんないい人でさ、にこにこしていて、畑で採れた野菜とか持って来てくれるんだ。母さんには、会えなかった。じいちゃんは、母さんはここにはいないって言っていた。俺もさ、すぐに帰ろうと思ったんだよ、マジで。けど、じいちゃんは、まだ肉体の傷が治ってないから駄目だって、ちゃんと治さないと、指とか切断する事になるって。

 そんなん、マジやべえだろ? だいたい、おばけのままじゃ困るし、帰り方もわかんねえし。そんでも、まだだめか、いつになったら帰れるんだって聞いていたんだ。そしたら、お前、そんなにあそこに帰りたいのかって。そんなん、当たり前だろ? そう言ったらさ、そうかって言って、ここのドアの前まで送ってくれたんだ。

 ああ、そうだ、じいちゃん、吉井さんの事知っているって言っていた」


「え、私の事を?」


 吉井が目を見開いてさすがに問い返すと、楽しげに頷く。


「うん、なんかね、よく知っているって。そんでさ、うちの曾孫に、つまんない物仕込むな、今回はこっちで消しておくけど、次やったらみーこちゃんに埋め返すって言っとけって」


「みーこちゃん……?」


「実家の飼い猫だ」


 薗田がおずおずと吉井の表情を窺うと、苦々しく吐き捨てるように言う。


「あと、俺の血液検査の結果隠していたの、じいちゃんだった。もう少し、隠しておくつもりだったんだって。なんでそんな事したんだよって聞いたら、それはまだ言えない、いつか、時が来たらじいちゃんもここに来て話すって言っていた」


「神が、ここへ?」


「うん。あのさ、悪いけど、俺、めっちゃ疲れちゃって」


 思わず夢中になって話させてしまったが、改めてみると、ロキはぐったりと背もたれに身を預け、とろんとした目をしていた。


「具合は悪くないんだけど、じいちゃんが言っていたんだ。怪我が治ったばかりだし、体と魂? が、しばらく離れていたせいで、馴染むまでは疲れやすいって。なんか、さっきから眠くって」


「わかった、戻ったばかりなのに無理をさせて悪かった。後は充分に休んでくれ。エン君、レヴィ君、彼を頼めるな?」


 眷属二人は吉井の言葉に頷いて両脇からロキを支えて立たせた。


「マジ、心配かけて、すんませんっした」


 ドアの所で振り返り、ロキは改めてそう言って退室していった。ロキが、戻ってきた。大槻は、大きく息を吐いて、にやけそうになる顔を必死で抑えた。安堵と共に、湧き上がる疲労感。今日はきっと、浮足立って仕事にならない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ