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黄昏のエッダ  作者: 羽月
浄土
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沈痛

「そう。前例があるモノは、その前例になぞらえられる。悪い事をした鬼は、実直な若者に倒される。どんなに圧倒的に鬼の方が強かろうとも、昔っから、そう決まっているんだ。共通認識が大きいほど、同じ結果に向かう流れが強くなる。魔族は、基本的になぞらえを覆さないし、乱さない。

 大昔、あのムカデを封じたのは、ヒトなんだ。どんな訳があったのか知らねえけど、あの地域を守護していた水守の龍が、ヒトに頼んで退治してもらった。だから、本当は今回も龍族以外の者が倒さなくちゃいけなかったんだ。他の龍族がムカデに手を出して倒せば、その水守の顔をつぶす事になる。失敗すれば、龍一族がムカデより下だと恥を上塗りする事になる。

 あいつは、その禁を破った。それだけじゃない。ムカデの動きを封じるため、ヤツにとっては異国の、この国の神に、頭を下げて力を貸してくれと頼みこんだ。神に、魔族の方から声を掛けるなんて、かなり無礼な振る舞いなんだ。まして、自分の直属でもない神に。思い上がりと受け取られて、怒りのままに消されても何の不思議もないし、そんな事になれば、礼儀を重んじる、プライドの高い龍族にとって、とんでもない不名誉になる。許される事じゃない。

 それでも、ムカデを倒せばまだ面目は保てた。海を呼び、渦を起こして全力の水圧を掛ければ、倒せるところまで追いつめていたんだ。けど、あいつはそうしなかった。ムカデが、足で押さえ付けていた、瀕死状態の俺まで巻き込んで、この体を引き裂いちまうからだ。

 俺はあいつに、恩に着る、って言ったけど、返しようがねえよ。どんだけの事をして返しても、全然足りねえ。死ぬのは、まあ、仕方ねえ。けど、悔いが残るとしたら、これだな。

 こうなったら、ぶっちゃけ、俺として話せるのも後少しだろうし、意地張ってもしょうがねえから、言うけど。ロキも、あいつも、いい奴らだ。俺が、そう思っているのまで、残ればいいんだけど」


 無理に笑おうとして、大槻に背を向ける一瞬前、その表情はかすかに歪んだ。さあ、と、霧がたち、水色の髪の青年が、憮然とした表情で姿を現す。


「おう、おかえり、お疲れ。茶でも淹れるか?」


「勝手な事を」


「ああ? 労ってやってんのに、いきなりなんだよ」


 席を立ち、キッチンへ向かおうとしたエンが、レヴィの言葉にいきり立って振り返った。掴みかからんばかりのエンを、レヴィがきっと見据える。エンがわずかにはっとして、部屋の棚の隅に置いてあるお互いの証を見た。証を通して聞いていたのか、と、大槻は二人を見た。


「私は、私自身の意志で動く。従う主は、ただ一人のみ。ムカデの件は、エンを助けろという主命に従っただけと申したはず」


「どうせお前が言わせたんだろ」


「だとしたら、その罪すら私の物だ。

 己の戦いを邪魔されるのは、誇りを穢される事。もてる限りの獰悪な方法で処するのが、火一族の掟だったのではないのか。理由はどうあれ、負けそうになって味方に命を救われるなど、恥辱以外の何物でもなかったはずだ。それを、恩に着るなどと。私を赦し、謝辞など述べれば、貴様の火一族での尊厳はどうなる?」


「あの時、俺がこの体を失えば、ロキは責任を感じて自分を責めただろう。お前だけじゃない。俺だって、そんな事、望んじゃいねえんだよ」


「ただ利害が一致しただけの事だというならば、恩に着るだの私の体面だの、つまらぬ事をいつまでも気に病むなというんだ! うじうじする暇があるなら、一刻も早く主様にお戻りいただく事を考えろ」


 珍しく語調を荒げたレヴィが、唐突に振り向いてロキが寝室にしている部屋へ入ってドアを閉めた。見間違いでなければ、踵を返したその頬に、はらりと雫が散っていた。彼らにどうしようもないのなら、大槻になど、成す術はない。けれど、このまま、ただ手をこまねいて、エンの人格がこの世から消え去るのを待つしかないのか。彼らを思うと、身が引き裂かれる程に無念だ。ロキは生きている言うという。なら、どこでどうしているのか。時はただ静かに、残酷に過ぎていく。

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