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黄昏のエッダ  作者: 羽月
浄土
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極限

 ロキがいなくなってから、三週間が過ぎた。必死の捜索にも関わらず、手掛かりは一切見つかっていない。某国は、不法に日本に入国し、カーバンクルを使ってロキを攫った事を認めた。が、主であるジェーナホルダーは死亡し、カーバンクルの行方も知れない。国の最高責任者が全世界に向けて平身低頭謝罪したが、非難を一身に受けたのは当然と言えた。


「かの国は、世界遺産に指定されるほどの歴史的な建造物が多い。国宝の保存は、どの国でも頭の痛い問題だ。ここ数年の財政危機によって充分に宇宙開発に力を注ぐ事もできず、強力な眷属にも恵まれず、妖魔の被害だけでなく、暴動等による国の損害も深刻だと聞く。追い詰められて焦ったのだろうな。今回の誘拐の件に関しては、全く許容はできないが」


 吉井の言葉に、大槻も頷いた。世界の混乱と暴動は、一層増していた。もちろん、ロキの件が直接の原因とは言い切れない。が、一度手にした、たった一つの希望の光を失った絶望が、昏く影を落としていたのは間違いない。ロキの失踪から十日ほど過ぎた頃、エンはロキのストックの血液を補給した。


「オルトロスにも、分けて来るわ」


 そういってストックのパックを手に、かすかに笑みを見せた。ジェーナホルダーは、万が一のことを考え、血液を保存しておくことになっている。失踪の三日前、保存していた血液をエンが補給し、新たに採取したものをストックしてあった。

 エンの話では、血液が補給できなくても、主と繋がり、気を受けていられれば、成長はできなくても能力などは維持できるという。ロキの眷属になったエンから情報をもたらされる前の眷属たちの状態が、これにあたるのだろう。けれど、今回のように、主との繋がりがほぼ断絶されている状態では、二週間程度で血液を補給しないと、それまでの情報がリセットされてしまうという。以前レヴィの言っていた、「主亡き後、その血も乾き、卵と呼ばれる状態に戻る」という事なのだろう。採取した血液の保存期限は、最長で二週間。ロキの保存血液も尽きた。これ以上、ロキが戻れなかったら。エンとレヴィ、眷属二人の焦燥は強いようだった。エンが最後にロキの血液を補給してから、間もなく二週間。きっと、タイムリミットは近い。今宵も星が瞬く。ロキはどこでこの星を見ているのだろう。大槻は、ロキの部屋を訪れた。部屋には、エンとアキがいて、ロウソクが点してあった。


「レヴィ君は?」


「探しに行った。俺は、ここで気配を読んで待っている。ロキが火の側に寄れば気づける可能性が高いし、帰って来るかもしれねえし」


 ロキは時空を超えた、別次元にいるのだろう、と、エンとレヴィは読んでいた。異次元は、それこそ無数に存在しているという。ロキがカーバンクルに封じられた時、強く繋がっていたエンは、引きずられて異次元に飛ばされた。異常を覚ったエンは、レヴィに預けておいた証を頼りに帰って来た。が、彼らには、そこを渡る扉を、自ら開く能力はない。ただ、一度開いた扉は、その規模によって、しばらくの間、空間の壁が弱くなり、魔族である彼らには、近くで目を凝らせばその位置がわかるのだという。この地球上のどこかに、たった一人の人間がやっと通れる程度の大きさの扉がある。レヴィは、その扉を探し続けている。海岸でたった一粒の砂を探し当てるような作業だが、いてもらってもいられないのだろう。


「率直に聞くが、タイムリミットは、あとどれくらいだ?」


「そうだな、二~三日、ってとこだろうな」


「二~三日か。万が一それが過ぎて、卵の状態に戻った後、ロキが血液を与えれば、また戻れるんだろう?」


 大槻の問いに、ふと俯いて口角を小さく上げる。


「能力は、ほぼリセット、一からやり直しだ。まあ、そっちもイタイけど、俺としては」


「うん?」


「記憶が他人の物になる、ってのが、なんか、やだね」


「他人の物って、それは、どういう」


 大槻が思わず身を乗り出すと、エンはいつも勝ち気で自信に満ち溢れている表情を暗くして、視線を逸らしたまま続ける。


「経験は情報として残る。今の俺の記憶や思いは、そうだな、見た事のある映画、みたいな感じで引き継がれる。主がロキである以上、性格なんかも、今の俺と大して変わらないだろうな。

 けれど、やっぱりそいつは俺とは違う気がする。

 ああ、大槻ちゃん、もしそうなっても、そいつを差別しないでやって。俺には違いないんだからさ。んー、なんか、わけわかんない事言っているな、ワリい」


 自嘲気味に笑うエンを見て、大槻は胸が締め付けられる思いがした。彼の言おうとしている意味は、なんとなく理解できた。肉体と記憶が繋がっていても、きっと、そのイフリートは、大槻の目の前にいるエンではない。大槻の無言を不安ゆえと考えたのか、エンが軽い笑いに変えて向き直る。


「やだなー、大槻ちゃん、ロキはまだちゃんと生きているよ。あいつは、いつか絶対帰って来る。それまではレヴィがいるし、大丈夫だって」


「レヴィ君の事を、ずい分と信頼しているんだな。正直、君たちは喧嘩ばかりだったし、犬猿の仲なのかと思っていたよ」


 大槻の言葉に目を見開いて言葉に詰まり、再び視線を逸らす。


「あいつは、まあ、マジすげえんだ、ほんとはね。ヒトの眷属になるなんて思わなかったよ。ぶっちゃけ、ロキが俺より先にシーサーペントを眷属にしているって知って、俺の眷属生活、終わったと思ったね。火の一族はさ、基本、その場のノリっていうの? ムカつけば殴るし、気に入ればダチだし。けど奴らの一族は、自分にも厳しく、人にも厳しくなんだ。プライド高いし、自分らの一族イチバンって感じで見下してくるヤツばっかりだし、堅苦しくてやってらんねえんだよ。

 けど、あいつは違っていた。

 テーブル拭いたり、洗濯やアイロン覚えたり。口調は固いけどさ、すげえ優しいトコあんだよね。いまだにびっくりだらけよ。

 前に、俺、ムカデに食われた時あっただろ。あん時、あいつは最初、手を出さなかった。なんでか、わかる? 龍の一族は、ムカデには手を出さないって決まりがあるんだ。

 これ、覚えといて。世の中には、なぞらえってもんがある」


「なぞらえ?」

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