カーバンクル
「え、お前、ロキがいなくなったの気付いていたのか? よく気付いたな」
『それがさ、オルちゃんが急にそわそわしだして。主ちゃんに何かあったのかなって。オルちゃんがいなかったら、さすがに気付かなかったし』
「そうか、オルトロス」
「やつの所にもロキの眷属がいたんだっけ。まったく、あいつの悪運の強さには呆れるな。で、ヴォルケーノ、ロキがどうしたか、気付いた事があったら教えてくれ」
『んっと、うちの証を通して見ようとしたらさ、なんか、変なの。真っ赤な水に沈められているみたいになってて、どこにいるのか、なにしてんのか全然分かんなくってさ』
「真っ赤な水って、まさか、血、とか」
『ううん、血じゃないよ、もっと透明な感じ。でさ、ここじゃない世界なの。ちょっとずれてる次元なんだと思う。普通、ヒトがいていい場所じゃないよ、マジで。ずっとすごい速さで動いてるしさ、超・見辛かったんだけど、うち、頑張って追いかけたじゃん? 見えたり見えなくなったりしてさ。で、止まってしばらくそこにいたから、様子見に行こうとしたのね。したらさ、急に消えちゃったんだよ。主ちゃんの気配も、うちの証も。最後にしばらく気配が止まっていたトコに行ってみたけど、知らないヤツばっかで、主ちゃんいないし、そんでうち、帰ってきちゃったんだあ。マジ、主ちゃん心配なんだけど。あんたらも知らないの?』
「消えた場所って、どこだ? 知らない奴らって、どんな奴らがいた?」
『んー、知らない奴は、知らない奴だよ。五人か、もうちょっといたかも。多分、ゲルマン人かなあ。生きてるヤツもいたけど、何人か死んじゃってたっぽい。超・雪山だし。あ、場所はさ、ウラル山脈の、一番高い山の少し南だよ』
「ウラル山脈?」
吉井、薗田、大槻の叫びが重なる。昨日、ヨーロッパ某国のジェーナホルダーを乗せた専用機が墜落した場所。ジェーナホルダーが国境を超えるのは、余程な事だというのに、不可解な、極秘の移動。最初に動いたのは吉井だった。受話器を取り、政府関係機関への報告、某国の一行が日本へ入国していた可能性の確認、相手国との交渉の依頼。薗田は死亡したジェーナホルダーの情報を開く。
「大槻ちゃん、ウラル山脈で何があったわけ?」
怒りを押し殺したようなエンの声に、昨日あった出来事を説明する。
「亡くなったジェーナホルダーの情報を読み上げます。パトリシア・ベガ、二十七歳、眷属はカーバンクル」
「カーバンクル」
『えー、超まずいじゃん!』
「そいつだ、間違いない」
薗田の報告にレヴィ、ヴォルケーノ、エン、それぞれの魔族が眉をひそめる。
「カーバンクルの能力って、ほんの少しの傷の回復って事になっているけれど」
薗田がおずおずと問うと、レヴィがきっぱりと首を横に振る。
「カーバンクルの能力は時間と次元の移動。その結果として、傷の回復を早める事もできるというだけの事」
「カーバンクルは、強い魔力を持った赤い石が本体なんだ。そいつが、動物を喰って支配して自分の肉体にする。特定の空間の時間を進めたり戻したりできるってのは、もちろん、すげえ高度な能力だ。傷を治せるって言うのは、怪我した皮膚の時間を進めているんだ。多分、今まではほんの数センチの範囲を、時間をかけて数日程度進めるのがやっとだったんだろう。それが成長して来て、次元の移動まで覚えた、ってとこだろうな」
「ロキは、どうなったんだ?」
大槻の問いに、エンとレヴィが顔を見合わせて小さくため息を吐き、エンが重い口を開く。
「正直、わかんねえ。多分、魔石に封じてかどわかしたんだろ。カーバンクルの主が死んでいるんなら、もう縛るものはない。ロキをその場に放り出して逃げたんだったら、ロキが気付き次第俺たちを呼ぶはずだ」
「魔石に封じられていても、遠く、気配は感じていた。それが今や完全に消えている。主様は、今も生きている。それは間違いない。カーバンクルは、魔石に大きく傷でも入って暴走したのかもしれない。何があったのか、とにかく、情報が無さ過ぎる」
『うちさ、カーバンクル探すよ。地殻の事なら任せて。ヤツの故郷、知ってるんだ。もしかしたら帰ってるかも』
「悪い、頼む」
『オルちゃん、不安そうで可哀想なんだ。家族だしね。うちも、主ちゃん超心配だし。それに、このまま主ちゃんがしばらく戻らなかったら。とにかく、うちも、できる限り頑張って探すからさ』
そういってレンズ状の水面が波うち、ヴォルケーノの姿が消える。
「カーバンクルは、俺たちじゃ探しようがない。ヴォルケーノに任せよう」
「主様の部屋に、証を保存してもらいたい。決して、誰も触れぬ様に」
「あー、俺も。そうすりゃ、俺らもここに戻って来られる。とにかく、ロキの手掛かりを探す」
慌ただしい空気の中、眷属二人が退出していく。大槻はモニター室内をゆっくり見回した。ロキ、どこへ行ったんだ。