失踪
翌日の朝のミーティングの席で、まず、前日の出動についての話し合いがもたれた。小学生ほどの背丈のヘドロの山が、人を襲った。動きも緩慢で、ひどい臭いの泥をぶつけられたのには辟易したが、なんとか大槻、高岡、薗田で撃退する事ができた。オンディーヌの水量も、確実に増えている。現在は、泥の成分の解析と、現場の洗浄が進められている。続いて吉井は、欧州のとある国名を挙げた。
「ジェーナホルダーを乗せた専用機が、ロシアのウラル山脈付近で緊急着陸したとの報告を受けた。緊急着陸といっても、実質、墜落と言っていい。原因は不明だが、妖魔の襲撃を受けた可能性が高い。場所的に救助が難航していて未だ現状が詳しく伝わって来ないが、ジェーナホルダーとパイロットの一人が死亡、他の同乗者も重体だそうだ」
「なぜ、そんな場所をヨーロッパのジェーナホルダーが」
「それも、不明だ。どうやら無許可の移動だったようで、ロシアやカザフスタンが過敏に警戒している。とにかく、しばらくは緊急の事情がない限り、移動は陸路のみという対策をとる事にする」
吉井の言葉に、その場にいた全員が重く頷いた。
昨日、疲れ切って倒れ込むように寝てしまったため、ミーティングの後は報告書の作成や雑務に追われて過ごし、夕方近く、大槻と高岡は、とある地区への巡回に出かけようとエントランスを横切って表へ出た。と、白地に黒いぶちの若犬が、リードを引きずりながら大槻の元へ駈けて来た。
「アキ?」
しゃがんで、キューン、と甘える声を出すアキを迎えてリードを掴む。ロキは? 疑問が過り、ぞくり、と、冷たいものが背筋を走る。
アキを抱えてモニター室に飛び込んできた大槻と高岡を、薗田や吉井の驚いた視線が迎えた。
「大槻さんたち、出掛けたんじゃ?」
薗田が彼らに近付き、慌ててキーボードを操作する大槻の手元を見守る。彼らの動揺した表情をみれば、ただ事じゃない何かが起こっているのがわかる。画面に、「Search Error」と表示され、愕然とした表情のまま大槻の動きが止まる。
「何があった?」
「昨日の朝、ロキの部屋に行ったんですが、反応がなく不在でした。今、外にリードを付けたまま歩くアキがいて。ロキの居場所を検索したのですが」
大槻の言葉に、吉井が音を立てて立ち上がる。
「大槻君、範囲を絞って、再検索。薗田君、部屋を見て来てくれ。高岡君は、近くを。ああ、誰か二、三人つけて充分注意して行動するように」
矢継ぎ早な指示に、それぞれが頷いて駈けだす。大槻は様々な方法で検索を試みたが、反応がない。
「こんな、バカな」
この地球上、少なくとも、大気圏内にいれば、探せないはずはない。例えロキが死亡していたとしても。発信機の故障? いや、ロキには、いくつかの種類の検索方法がある。その全てが機能しないなどという可能性は、限りなく低い。なら、なぜ検索にヒットしない? 扉が開く音に反射的に振り向くと、焦燥を濃くした薗田が立っている。
「部屋には、誰もいませんでした。キッチンに、朝食と思われる用意が途中のままになっていて。そういえば、昨日からあの子たち、見てない」
「谷城君は、人類で最強の力を持っていると言っていい。危害を加えられたとしたら、眷属たちが黙っていないだろう。彼らの姿もない、となると、一緒にいる可能性が高い」
吉井の言葉に、幾分ほっとする。が、何かが改善したわけではない。その後も懸命の捜索が続けられたが、手掛かりの一つも得られなかった。