表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄昏のエッダ  作者: 羽月
蠱惑
58/104

思想(2)

 クリスだけでなく、きっと他国のほとんどの戦士たちは、その地区の人口が、少しでも減らなければ良しとするだろう。十人の犠牲で一万人が守られるのなら、その方法をとる事に迷いを見せてはいけないという風潮さえある。ロキが守ろうとしているのは、市民の命だけではなかった。それは決して、簡単な事じゃない。彼の眷属が、「愚かだと蔑まれようとも潔い」と言ったのは、こういう事なのかもしれない。ヴォルケーノが惹かれたのは、彼のこんな優しさなのかもしれない。


「ロキは、立派だわ。けれど、だからこそ、自分を大事にして欲しい。あなたは、絶対に死んじゃだめよ」


 クリスがぽろぽろ涙を流すのを見て、ロキは驚いたような、気まずそうな表情を浮かべてタオルを差し出した。クリスがタオルを受け取って顔を埋めるのを待って口を開いた。


「ありがとね。俺さ、あいつらに言われた時もそうだったんだけど、誰かに、必要だとか死んで欲しくないとか言われるの、びっくりしちゃうんだよね。え、それ、俺の事? って。ああ、いや、頭ではわかっているんだ。あいつらの力は、凄い。妖魔を倒すのには、じいちゃんの遺伝子を継いでいる、俺の存在が必要なんだって。でも、自分を大事にしろとか言われても、イマイチ、ぴんとこないんだよね。俺自身、自分の命の価値なんて紙屑以下だと思っているからなんだろうけど」


「どうしてそんな事! あなた、他人の命は必死で守るじゃない」


 クリスの言葉に、哀しげに俯いて言葉を探す。


「クリスちゃんは、こんなとこまで来ようとしたくらいだから、きっと、俺の事もいろいろ調べて知っているよね? 俺はずっと厄介者だったし、早く一人になりたかった。いや、きっと本心の深いところでは、とっととこの世界からいなくなりたかった。少なくとも、死にたくないとか、死んじゃうのが怖いとかもったいないとか、そういう風に思った事はない」


「でも、お母様は愛してくださったでしょう?」


「そうだね、きっと、母さんは。けど、その分辛かったかな。俺には、あのクズの血が半分入っている。やっぱりさ、親父に似ているって言われるんだよ、俺。そんなクズに似たガキがいなかったら、母さんはもっと楽だったはずなんだ。じいちゃんはほとんどボケてて、夜中だろうと起こすし、まあ、介護っていろいろ大変。うち、金なかったし。母さんはいつも走っていて、座るとすぐにうたた寝してた。

俺にさ、ごめんね、ご飯、今つくるからね、おなかすいたでしょう、ごめんね、ごめんねって言うんだ。そんな時に、教材費払ってくれとか、体操服にゼッケンつけてくれとか、言い出せなくてさ。けど、結局、学校から連絡が行って、母さんが先生に謝る事になるんだ。悔しいけど、なんもできなくて。恥ずかしくて哀しくて。

母さんが死んだとき、周りの大人がさ、これでやっと、ゆっくり眠れるわねって言ったんだ。俺は、母さんが死んでも悲しんじゃいけないと思った。もう、母さんは、親父に殴られる事も、なけなしの金とられて絶望する事も、俺に謝る事もない。母さんは何のために親父と結婚して、俺なんて生んだんだろうなって思う。俺さえいなければ、あんな家にいなくてもよかったんだ」


 どこか穏やかに、淡々と話すロキに、クリスは掛ける言葉が見つからなかった。自分の知らない世界。愛されずに育った子供。あんまりにも、あんまりだと思った。ロキは大きくため息を吐いて天井を見てから視線を落とし、話しを続けた。


「ちょっと話飛ぶけどさ、俺も前に、ジェーナホルダー同士で子供作ったらいいんじゃね? って言った事あるんだ。そしたら、そうして生まれる子供は、生きているだけで愛される子供なのか、兵器なのかって言われてさ。俺はやっぱ、子供、幸せにしてやりたいんだ。子供と、子供、産んでくれた人。俺の子供になってくれてありがとって、生きて笑っていてくれるだけでいいって、世界中がお前の敵に回ったって、味方になってやるって言ってやりたいんだ。

クリスちゃんがここに来た理由も、目的も、間違いだって思っているわけじゃない。きっと、俺はガキで甘いんだよ。いつかは気持ち、変わるかもしれないけどさ、でも、今はやっぱだめなんだ。

俺は、子供の愛し方さえ知らない。いつか、親父みたいに、自分のガキ、殴るようになるかもしれない。ごめん。俺は、子供はつくらない。少なくとも、戦わせるためだけには」


 彼の中にある、命の意味、人の、自分自身の存在の価値。彼の半生を知りながら、簡単に子供をつくろうなどと言ってしまった自分の方が、よほど幼い。一つの答えが出た事を、認めないといけない。時計を見ると、そろそろエンが、昼食を作りにあらわれる時間だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ