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黄昏のエッダ  作者: 羽月
蠱惑
57/104

思想(1)

 最近、ロキ達の朝は遅い。ロキは早く元の生活に戻りたがっているが、眷属たちが、今は無理せず焦らず、体力を戻す事が最優先、と、彼を諌めている。早朝のトレーニングも休んでいるし、ミーティングにも参加せず、エンの用意した朝食をゆっくり食べ、軽い筋トレとストレッチをする以外、本を読んで過ごす。

 クリスは、ゆったりとした朝食の後、じりじりと痛む瞼をそっと抑えた。熱を持って重く、僅かに腫れているのがわかる。昨日の昼食の途中、大槻が訪れ、ロキとその眷属たちが話した内容が頭から離れなかった。一晩中眠れず、ただもやもやと考え続けていた。ロキに聞きたい事が山ほどある。もし、彼の負担にならないようなら、話しをしても大丈夫だろうか。思い切って自室を出ると、ロキはダイニングのソファで本のページを繰っていた。クリスに気付いて笑顔を見せる。


「暇ができたら読んでおきたいと思っていた本がいっぱいあるんだけどさ、いざ暇になると、本ばっかりじゃ飽きるね」


 エンとレヴィの姿は見えない。自分の願いに気付いているのだろうか。話しかけやすい雰囲気を感じてほっとする。


「ロキに聞きたい事があるの。いい?」


「聞きたい事? うん、なに?」


「この前の戦いの時、最初からエンとレヴィを使っていたら、もっと簡単だったと思うわ。でも、ロキはそうしなかったどころか、眷属たちに、町に傷をつけるなって言っていたのでしょう? どうして、そこまで気を使うの?」


 市民、特に子供を守りたいという気持ちはわかる。けれど、妖魔は、種族によっては爆発的に増殖してしまう。時を置けば収拾がつかなくなる。とり逃せばさらに甚大な被害に発展する可能性が高い。一所に固まった状態で発見できたのなら、一刻も早く根絶やしにするべきだ。数人の命を守る事を優先して、数千、数万の命を危険にさらすような事態は、避けなければならない。ましてや、政治的な意味や、歴史的な価値があるわけでもない、一般の家屋など。日本は宇宙への移住に積極的な政策をとっている。地下シェルターの建設も順調に進んでいると聞く。街並みなど、後数年持てばいい。ロキ程のジェーナホルダーの戦士が、命を賭して守る価値があるとは思えない。ロキは困ったように、うーん、と首をかしげて、少し楽しそうに答えた。


「やっぱりさ、町とか、きれいな方がいいだろ?」


「そうかもしれないけれど。やっぱり、ロキは自分の価値に自覚があると思えないわ!」


「前に、テレビでやっていたんだよね。ガラスが割れている家と、きれいに整えられている家では、ガラスが割れている家の方が、ラクガキとかされやすいんだ。でさ、落書きの多い街は、犯罪が多いんだって。人の気持ちが荒むんだよ。誰でも、自分の物って思い入れがあるよね。家を作った時、引っ越して来た時、子供が、壁にぶつかって怪我して、大騒ぎした思い出とかあるかもしれない。なんであったって、自分の物が壊されるのってたまんないよ。ましてや、子供が怪我したり、なんて」


「子供が犠牲になるのは悲しい事だわ。けれど、家の壁なんて。今は非常事態なのよ? 誰だって、多少の犠牲は我慢するべきよ」


「人って、いつ死んじゃうかわかんないよね」


ふっと微笑むロキに、クリスは言葉を失う。


「人生ってさ、人が生きているって書く。生きているうちだけが人生なんだよ。いい人生だったかどうかは、生きている間にだけ決まる。何年か後に宇宙に行くのだって、それまで生き延びられない人もきっといる。生きている今日、この一瞬、少しでも気持ちよく、楽しい人生であって欲しい。荒んだ気持ちになって、誰かの物を奪ったり、傷付けたり、ヤケ起こして暴れたり、そんな罪を犯すような人を、一人でも出したくない。今だってみんな、恐怖や不安と向き合いながら、ずい分我慢していると思う。一つの小さな穴が、堤防を決壊させることがあるって言う。今、誰かの精神が決壊したら、この国は荒む。パニックは伝染する。今の状態でそんな事になったら、もう鎮められないかもしれない。犠牲になるのは弱者だ。さらに人は他人を信じられなくなって力を求め、人同士が傷つけあう世界になる。人の暴走は、俺には止められない。けれど、妖魔なら止められる。だから、そうならないように、できる事をしようとしているだけ。子供が痛い思いしたり、怖がって泣いたりしないように」


 クリスは、トウキョウの街並みを思い出していた。この国に来た時、日本は、なんて恵まれているのだろうと思った。妖魔の襲撃が、過酷じゃないのだ、もしくは、キサネ・ヤシロが簡単に妖魔を撃退しているからだ、と。

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