表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄昏のエッダ  作者: 羽月
蠱惑
56/104

従者

 大槻の前にお茶をだし、そのまま隣の椅子を引いて腰掛ける。


「お前の言う力ってのは、俺とレヴィの事だろ?

 ない方がいい、は、ねえだろ」


「違う、俺は」


「俺は生まれついての眷属だ。

 ヒトに仕えるために創られた魔族だから、まあいい。

 けど、あいつは違う。

 元々、海の生き物、潮の満ち引き、海水の全てすら支配する王だった。

 お前が覚えてるかわかんねえけど、あいつがその座を降りた事で、

 今は多分、別なシーサーペントが生まれて、王の座についている。

 もし、お前が死んで主を失くせば、あいつは海に帰るしかない。

 これも前に言ったけど、魔族は自分に不利益がない限り、

 同族であっても相手に干渉はしない。

 が、格ってもんがある。

 ヴォルケーノはイフリートより下。

 海龍の世界では、神の眷属たる現王より、人に仕えた無位の海龍の方が下だ。

 魔族に比べて、人の命は短い。

 お前が死んだ後、あいつは永遠に近い時間、

 現王と会った時、頭を垂れて道を譲らなきゃいけない。

 自然界の魔族がヒトの眷属になるって言うのは、そういう事だ。

 少しでもあいつの覚悟を思うんだとしたら、

 一日でも長く、死なねえ事を考えろ」


 さあ、と空気が変わる。大槻がキッチンを振り向くと、霧のカーテンの向こうからレヴィが現れた。表情を見れば、今の話の内容を聞いていたのがわかる。


「聞いていた?」


「主様の気が乱れましたので、大槻殿の話の途中から」

 

 ロキの問いに静かに答えるレヴィから、大槻は気まずく視線を逸らした。思えば、自分はレヴィについて話した訳ではなかったが、本人のいない場所で話題に出た事、彼の秘められた思いのようなものに触れた気がした事で、なにやら後ろめたかった。


「主様。

 もし、エンの話を気にされるようなら、私は暇乞いをしなければなりません」


「いとまごい?」


「眷属を辞めるって」


 エンの説明に、はっと目を見開いてレヴィをみる。レヴィは頷き、そうして少し俯いてから、話し始めた。


「主様は初めて会った時、町を海に沈めるという私に、やめてくれと懇願した。

 その対価として、ただ血を僅かばかり貰えれば充分だった。

 けれど、主様は、私の欲する対価を貨幣と勘違いした。

 金はたいして持っていないけれど、

 それを全部やるから、町を襲うのはやめてくれ、

 アキ殿の母親と兄弟が、家の下敷きになって死んでいるのだ、と」


 ロキは、覚えている、というように頷いた。


「主様は、本当はダイガクに行きたい、と言った。

 貨幣がなければ、その思いは叶わぬ、

 そればかりか、明日からの日々の暮らしに不安がある、という風に。

 けれど、それを全て手放す事に、何のためらいも見せなかった。

 主様の腕の中には、まだ幼かったアキ殿がいた。

 ひと気のない街に、取り残されたアキ殿を守るため、

 危険を顧みず戻ったのだろう。

 この人は、他者を救う事に、そのために自らが犠牲になる事に、

 一片の躊躇いも見せぬ人なのだと思った。

 私には、地上の価値観はわからぬ。

 主様の考えも行動も、この世の他の者から見れば、

 愚かだと蔑まれるものなのかもしれない。

 けれど私は、そんな主様の矜持を、潔いと思った。

 この人に仕えよう、それが許されるのであれば、

 他者を救うため、己を顧みず駆け出す足をお守りしようと決めた。

 私の体面などという些事が、その足枷になるのなら、本末転倒。

 即刻、主様のもとを去らねばならぬ」


 ロキの噛みしめた口元が震える。レヴィは表情を柔らかくして続けた。


「もちろん、そのお命を粗末にせよと申しているのではない。

 大槻殿やエンのいう事はもっともで、

 我々がこうしてここに会しているのは、今生の縁というもの。

 主様のお命あってこそ。

 主様が誰かを守ろうと伸ばす手も、我々と時を過ごすのも、

 そのお命あってこそという事をお忘れにならぬよう」


 ロキの頬を涙が伝って落ち、それをシャツの袖で無造作に拭う。レヴィは微かに口角をあげて続ける。


「それに、私は元々自然界にあるべき種族。

 主様亡きあとは、ただ元の海龍に戻るのみ。

 海は広い。現王に頭など下げたくないと思えば、

 その気配を察知した後、他の海域へ去れば良いだけの事。

 が、主様が血を与え、肉体を持たせた眷属は違う」


「おい」


 遮ろうとするエンの声を無視して続ける。


「元々人に仕えるために生まれた魔族は、

 主様亡きあと、やがて与えられた血も乾き、

 肉体は主様たちが卵と呼んでいる状態に戻って封じられる。

 その思いは消去され、次に目覚める時は、

 記憶のみ引き続き宿した他者となる。

 主からもがれた手足は、朽ちて果てるのみ。

 少しでもヤツの覚悟をお思いなら、

 一日でも長く死なない事をお考えくださいますよう」


「てめえ」


「先におせっかいを申したのはそっちだろう」


 目を見開いて眷属たちを交互に見るロキの前で、二人はそう言い合う。レヴィがいたずらっぽく笑って返すと、エンは、わざとらしく舌打ちして椅子にふんぞり返り、再び、口をへの字に曲げて涙をこぼすロキに、呆れたような視線を向けて大きくため息を吐く。


「ロキ、お前さあ、自分を大事にしなさ過ぎんだよ。

 他人の命は守れ、怪我させんな、町を壊すな、

 壁一つ傷付けるなとかいって、俺らの動きを封じやがって、

 こっちがどんだけヤキモキしてっと思ってんの?

 まあ、もう、あれだ。こんだけ言われたんだからいい加減わかんだろ?」


「うん。ごめん。ありがと」


 エンはゆっくり立ち上がり、やっとそう言って袖で目をこするロキの前に置かれた食器を手にする。


「スープ、変えるぞ。すっかり冷たくなったし。

 あー、大槻ちゃん、話し割り込んで悪かった。

 うちの主、バカだけどよろしくしてやって」


 少し照れたように素っ気なく言ってキッチンへ向かう。大槻に文句などなかった。言いたい事は眷属たちが伝えてくれたし、それは、ちゃんとロキに伝わったようだった。具体的に、彼の行動がどう変わるかはわからない。けれど、少しでも心持が変わるのであれば、今までのような無謀は控えてくれるだろう。それを期待するのは、楽観的すぎるだろうか。微かに過った不安は、とりあえずぶつけるのはやめておこう、と思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ