包囲
隧道の中を、火焔が満たしていく。ロキを追っていた妖魔は、逃げようと振り向くが、そこは揺らめく壁に遮られていた。
「み、ず?」
それが、妖魔の最期の言葉になった。隧道の外の道にいた子蜘蛛は、すべてレヴィの海水によって押し流され、隧道の入り口をふさいだ。閉じ込められた火焔は、壁を焼いてトンネルの中をオーブンと化し、さらに流れ来る海水は熱せられた壁面に触れて沸騰、全ての蜘蛛を殲滅した。壁が黒く焼け焦げ、ひび割れた水の引いたトンネル内を、ジェーナホルダー達が走った。
「ロキ!」
傷を癒すカマイタチが近づくと、レヴィが制する。
「まだ、傷を塞がぬよう」
「見ねえ方がいいよ」
エンの声も硬い。トレーナーの裾をまくり上げると、左わき腹に深く、妖魔の管が刺さったまま残っていた。エンが躊躇なくそれを引き抜くと、ロキが短く呻きをあげる。レヴィはその傷にざあと呼び寄せた水を掛けた。
「噛んどけ」
エンが自らの衣服の一部を裂いてロキに差し出すと、震える指で受け取って自らの口へ押し込む。レヴィがロキの左肩を肘で、腕で胸を、手のひらで右の二の腕を掴んで体重をかけ、地面に押さえつけた。ロキは右手を伸ばし、自分を押さえるレヴィの腕をきゅっと掴んだ。エンが傷に口を付け、ロキの血を吸い出して地面に吐く。数回それを繰り返して、無表情に指先をロキの傷に滑り込ませた。ジュウウウと、熱せられた鉄板で肉が焼ける音がして白い蒸気が上がり、ロキの上体が跳ねた。
「ンンンンンンッ!」
布を噛んだ口から、呻きが漏れる。エンが上体を起こして離れると、レヴィが代わって傷口を押さえる。
「大槻ちゃん、レヴィが冷やし終わったら傷、塞いでやって。
あ、薗田ちゃん、水くれる?」
「ロキは、大丈夫か?」
「深く、蟲が入った。一応、できるだけの事はした。命に別状はない」
オンディーヌが作り出す水で手と顔を洗い、口に含んでうがいをしているエンに代わり、レヴィがそう答え、手を離す。癒しのイタチが、焼け爛れた傷を塞いだ。
「ヤツは毒の中に蟲を飼ってやがる。
早いうちに焼き殺しておかないと、ハラ食い破られるんだよ。
蟲は焼き殺せても、俺ら、解毒はできないからね。
あらかた吸い出したけど、残った毒の影響で、
しばらくは高い熱でも出て寝込むだろ。
内臓に傷がつかなかっただけでも御の字だ。
ったく、無茶ばっかしやがって」
腕を組んで見下ろすエンの視線の先で、ロキが仰向けのまま口から布を取り出し、虚ろに揺れる目で空を見る。前髪が、首筋が、脂汗で濡れている。
「大槻さん、すんませんっした」
「いや。すぐ病院に行って手当てを」
かすれる声で言うロキを制する。不安そうにロキの傍らにしゃがみ込むクリスに視線を移すと、ふっと弱々しく笑みを浮かべた。
「クリスちゃん、ありがとね、助かった」
「ロキ……」
(遠き山に日は落ちて)のメロディの向こう、かすかに救急車のサイレンが聞こえて来た。