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黄昏のエッダ  作者: 羽月
蠱惑
53/104

策戦

 ロキが妖魔と対峙していた時、本部のモニターの分割された別の画像には、エンが映し出されていた。彼の口からは、主であるロキから命ぜられた作戦が吉井たちに伝えられた。無謀だったし、当然、危険だったが、ロキは一旦言い出した事はそう簡単に覆さない。フォローに徹するのが一番だという事は、もうすでに周知の事実になっていた。


「まったく」


 ロキに園児たちの避難を告げた大槻は、呆れた様子でそうつぶやき、ロキが辿ると告げたルートへ先回りして待機した。


 ロキは、(遠き山に日は落ちて)が繰り返し流れている、ひと気のない住宅街の緩い下り坂を北へ向かって駈けた。寺院と幼稚園は、高台を造成した街のほぼ頂上に位置し、南側の斜面には住宅が密集し、小学校がある。北側は林や空き地が多く、比較的住宅や商店は少ない。園から百五十mほど離れたところで待機していた大槻の視界に、路地を駈けてくるロキの姿が飛び込んだ。三筋の白い帯が走る。最速の白銀の帯は、林と街路樹の間を縫うように飛び、葉を引き千切って纏い、ロキを追う妖魔たちの視界を遮る。真っ直ぐ妖魔を目指して飛ぶ最大の帯は、鋭い鋼色を帯びて煌めき、妖魔の足元をすり抜けると、大蜘蛛の足が一本外れて飛び、その肢体ががくりと傾く。グギジジジジジと、呪詛のような呻きをあげて、妖魔は足元の、「愛しい子たち」と呼んでいた蜘蛛を二匹掴み上げると、バリバリと貪り喰った。グジュリ、と音を立てて新たに生えた足で、再びロキを追う。

 三筋目、ほのかに暖色を帯びた、生成りに近い光はロキを追った。自分に並走する光に気付いたロキが、走りながら傷ついた左腕を差し出すと、その帯はロキの腕をクルクルと回り、光が去った後の腕にあった傷は、赤い筋がわずかに残る程度に消え、流血は完全に止まっていた。大槻はロキの駈ける先を見た。道はここから大きく下り坂になり、あと百mほどで幹線道路の下をくぐる隧道ずいどうになる。そこを抜けさえすれば。先行する子蜘蛛たちはロキのすぐ後ろにいるが、大型の妖魔は大槻のカマイタチたちの足止めが効いて、ロキとの距離は離れている。このままなら、間に合う。と、ふいにロキが足を止めて振り向き、弾かれるように右斜め後ろ方向に駈け戻った。大槻だけでなく、モニター室にも驚愕の空気が広がった。


 本部のモニター画像が切り換えられ、ロキの視界の先にある景色が映し出される。戦隊モノの武器であろうおもちゃの剣を手に、大泣きしている四、五歳くらいの男児に、子蜘蛛たちが群がっていた。男児の体がふわりと地面から浮く。画面は、ぎゃんぎゃん泣きながら、抱え上げたロキの頭にしがみつく男児を映す。ロキは、足元から這い上がろうとする蜘蛛を蹴り、踏みつぶそうとするが、子供を肩に担ぎ、両手がふさがっている状態では思うように動けない。カマイタチたちも応戦するが、蟲は次々押し寄せ、キリがない。

 妖魔が、彼らに迫る。

 トレーナーの右ポケットからエアガンを取り出そうとしていたロキの動きが止まる。妖魔の口から延びた管のようなものが、ロキの左脇腹を貫いていた。


「ヅーガーマーエーダアアアアア」


 しわがれた声でそう言う妖魔の、黒い空洞のような眼がすっと細まり、白い腕がロキの首に伸ばされた。

 その時、影が過った。

 飛龍が鋭いとげの並ぶ尾を振り、ロキに伸ばされていた妖魔の右腕と脇腹を刺す管を激しく殴打した。管は途中で折れ、妖魔が怯んでのけぞる。ロキが崩れ落ちそうになるのをぎりぎり堪えると、子供の体が空に引き上げられた。見上げると、巨大な蝙蝠のような影が子供の腰辺りを掴み、羽ばたいていた。飛龍に打たれた妖魔の腕が、ジュクジュクと紫色に泡立って、白い肌を侵食していく。


「ロキ!」


 クリスの声に、我に返ったように体を這い上がる蜘蛛を引きはがして投げ棄て、再び走り出す。ロキの視界の隅を水飛沫が横切り、カメラのフラッシュのような閃光と同時に、バチリ、という雷獣の放電音が響く。


「間に合った、か」


 クリス、薗田、高岡の姿を確認して、吉井が椅子の背もたれに体重を預ける。だが、まだ、安心はできない。本番はここから。隧道は目前だったが、ロキの脇腹から下は、血が滲み、走る速度は落ちていた。それでもふらつく足を何とか騙して走った。隧道に、はあ、はあという、荒い息遣いと、彼を追う蜘蛛の群れの、ゾロロロという無数の足音が響く。隧道の出口は五十mほど先。その光の中に、一人の青年の影が立つ。もつれる足で、エンの脇を過ぎ、隧道を出たアスファルトの路面に膝をついて仰向けに倒れ込む。空が、青い。走り抜けてきた足元の空間が、燃える。ロキは震える瞼を閉じた。

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