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黄昏のエッダ  作者: 羽月
蠱惑
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蠱惑

 翌日の午前十時、警報が鳴り渡った。数日前から空間の異常が感知されていた地区が、妖魔の襲撃を受けた。パトロールで訪れていたロキと大槻が現場へ急行する。


「やはり、いたか」


 大槻が走り出す前、苦々しくつぶやいた。場所は、歴史ある寺の境内。敷地内には幼稚園が併設されている。全長十五cmほどの蜘蛛に似た妖魔が寺院地下からあふれ出し、参拝者や園児たちを襲っているという。

 ほどなく到着した現場は、悲惨な有様だった。無数の蜘蛛が地面を埋め尽くして蠢く。その中心に、タランチュラのようなぼってりとした、硬い毛で覆われた下肢から、平安貴族の女性を思わせる上半身を生やした姿の妖魔が、艶然と微笑んでいる。パニックを起こして逃げ惑う子供達。先生が呼び集めようとしても、その声も、手も、届かない。幼い園児たちが、子供たちを守ろうとしたであろう若い女性たちが、無数の蟲の餌食になっていた。


「わらわの、愛しい子供たち。たんとおあがり。

 そうして、大きくなるのだぞえ」


「大槻さん、俺が奴らを引き付けるから、

 みんなを正門から小学校の方へ逃がして」


「え、引き付けるって、ロキ!」


 ねっとりとした妖魔の声に、大槻が止める間もなく、ロキは園舎に向かって駈けだした。


「おい!」


 ロキは園庭の隅にある高さ一mほどの遊具に飛び乗って立ち、そう声をあげてトレーナーの左袖を肘まで捲った。何をするのかと大槻が、モニターの向こうの吉井たちが息をのむ。ジーンズの右ポケットから取り出したのは、小さな折り畳みナイフ。その刃を、左腕にあてて引くと、赤い筋から血が溢れ、ぽたぽたと遊具に落ちる。妖魔の動きが止まった。中央の、成人女性の上半身を持つ妖魔が、ゆっくりとロキに近付いていく。


「そなた、好き香がするのう」


「でしょ?」


 ロキが、妖魔を挑発するように、鮮血を滴らせる左腕越しにその目を見据える。妖魔はうっとりと、目の前のロキの左腕に舌を伸ばす。が、ロキはすっと左腕を引いてその舌を躱した。鮮血は下したロキの腕を伝い、指先からゆっくりと滴り落ちた。不機嫌そうに眉を寄せる妖魔に見せつけるように、ロキは自らの手を口元に運び、中指と薬指をぺろりと舐め、ちゅ、と音を立てて口に含む。血塗られたくちびるが、笑みの形に吊り上ると、妖魔は欲情したように潤んだ目でそのくちびるを見た。地面を埋め尽くす蜘蛛たちも、ロキの立つ遊具の周りに集まっていた。

 ロキがそっと俯いて妖魔から視線を逸らし、ちらりと大槻を見る。大槻が頷いて見せる。子供たちは、園庭から避難させた、と。


「俺が、欲しい?」


「そなたを食せば、子供たちもさぞ良き力を得よう」


「へえ、子供思いなんだね」


ロキをなめまわすように見る妖魔の息が荒く乱れる。


「そなたの、血を。どうれ、たんと可愛がってやろう。もそっと、こちらへ」


「いいよ、好きにして。ただし」


 妖魔の口が大きく裂ける。ロキの頭ごと飲み込みそうなその口に、幾重にも鋭い牙が並ぶ。トレーナーを捲ると、ウエストに挟んであった銃を、さっと取り出して構えた。


「俺を捕まえる事ができたら、ね」


 タタタ、という、三発の発射音とほぼ同時に、ロキは身をひるがえして遊具から飛び降りた。エンが火焔を込めた弾の効果は上々だった。妖魔が、口から炎を噴き上げると、ロキはヒュー、と、小さく口笛を吹いた。その着地した足元でパキ、バシュ、と幼蜘蛛の躰が潰れ、体液が飛び散る。ロキは、構わず群がる蜘蛛を踏みながら園舎の西をめがけて駈け、木戸を飛び越えて道路へ出た。


「おおぉぉおぉ、のおおぉぉおぉぉぉ、れえええぇえぇえええぇぇぇ。

 こぞおおううぅううぅうう」


悪鬼の形相に変わった妖魔と幼虫たちがロキを追って木戸をなぎ倒した。

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