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黄昏のエッダ  作者: 羽月
蠱惑
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和解

クリスから見ると、ロキの日常はハードスケジュールだ。早朝、アキを伴って施設の周りを走り、シャワーを浴びてニュースを見る。朝食を摂ってミーティングに参加し、その後は日替わりでボクシングと剣道の時間が入る。今日はボクシングの日だといい、練習を見学させてもらった。まだ始めてから数か月と言うが、その視線は真剣そのもので、かなりの迫力だった。コーチも、ロキは元々反射神経と目がいい、ボクシングに向いている、と褒めていた。他の時間は、ほぼ読書と勉強。この間、食事の時以外、眷属たちは姿を見せなかった。大変なのね、とクリスが言うと、公務員も辛いよ、と冗談めかして笑った。


一日の終わり、夕食の時間に、ロキが大槻に急に呼び出された。クリスも同行しようとしたが、先に食事していて、という。室内にいるのは、エンとクリス、部屋の隅で丸くなっている薄いブチを浮かべた犬のアキだけ。食卓には、クリスの故郷の料理が並んでいた。


「このボルシチ、おいしい。

 オリヴィエサラダも、レストランに出したらお客さんでいっぱいになるわ。

 これ、エンが作ったのでしょう?

 私、大好きなの。日本でも食べられるなんて、うれしいわ、ありがとう」


「スパシーボ。礼なら、ロキに言って」


「ロキに?」


「そ。あいつが、クリスちゃんの故郷の料理だしてくれ、ってさ。

 レヴィっぽく言うと、俺は、主命に従ったまで、だからね」


エンは、対面の席に着き、ヴォルケーノと対峙した時の話をしてくれた。本来、自分はヴォルケーノより上なのに、全然いう事を聞いてくれなかった。レヴィに役立たずと言われた、アキがヴォルケーノを泣かして鎮めたから、ロキからまでも、アキの方が役に立つ、というような扱いをされた、と。後にヴォルケーノがロキに証を渡した経緯を聞いたときは、さすがに唖然とした。ロキが、オルトロスをもう一匹の眷属として持っていて、ヴォルケーノに預け、可愛い家族をくれたから、などという理由でヴォルケーノがロキへの助力を確約する、なんて。身振り手振りで、時に情けない顔をしながら話す彼がおかしくて、お行儀が悪いと思いながらも、声を立てて笑いながら食事をすすめた。食事も終盤に差し掛かると、彼は席を立ち、食器を下げてお茶を淹れてくれた。キッチンで作業をする彼に声を掛ける。


「エンって、いい人だったのね。はじめ、とても怖かった」


「まあ、ヒト、ではないけどね。周りの奴らの方が、イイヤツっしょ」


運ばれてきて、コトリ、と目の前に置かれたカップに小さく驚く。花柄の新しい、可愛らしいカップに、懐かしい香りの紅茶が注がれていた。


「エン、これ」


「カップは薗田ちゃんからのプレゼント。お茶のお礼だったら、レヴィに。

 ああ、あと、クリスちゃんの眷属の飛龍ちゃんにも」


「レヴィ、と、ニェーボに?」


エンは、笑いながら頷く。


「この前、レヴィ、ジェイドで買収していただろ。

 飛龍ちゃんもよく見ているよね。

 普通、好きな紅茶の銘柄なんて聞かれたって、

 あんなさらっと答えられないぜ。

 ま、冷めないうちに」


淹れ方かもしれないが、厳密にいうと、故郷で飲んでいた物とは微妙に違う。けれど、暖かい。優しく、心を満たす味だと思った。堪えきれず、頬を涙が伝った。


「あいつさ」


ティッシュを箱ごと差し出しながら、エンが言う。


「レヴィ、な。海龍の一族って言うのは、縄張り意識がすっげえ強いんだ。

 なじまない奴がテリトリーに入る事を異様に嫌う。

 しかも、あいつは、ロキ・ラブだからね。

 ロキが受け入れない限り、徹底的に排除しようとする。

 きっつい言い方も、あいつなりの、主の守り方なんだよ。

 悪く思わないでやって。

 ロキが客人として認めれば、丁寧にもてなすために、

 北陸までいって宝玉とカニ、手に入れてくるような奴だからさ」


彼女の飛龍は、言葉を交わせるようになったばかり。どこか、まだ、獣に近く思っていた。ペットと飼い主。持ち主と、道具。ワイバーンは、彼女がそんな風に冷たく扱っていたというのに、好きな茶葉の銘柄を覚えていてくれたという。彼らと出会い、眷属の、主への忠誠心の強さ、情の深さを知った。ティッシュを一枚引き抜いて頬に当て、エンの言葉を噛みしめて深く頷いた。

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