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黄昏のエッダ  作者: 羽月
蠱惑
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静穏

大槻、薗田、高岡、それと、「ピカリの礼なら、先日、質問に答えてもらった事で充分助かったのに」という吉井も集まり、賑やかな夕食会になった。ひどく意地悪だと思っていたロキも、その眷属たちも、楽しそうに話している。エンが、炭火の上で香ばしく焼けているカニの大きな足を数本、


「やけどしないように気をつけな」


といってクリスに取り分けてくれた。エンだけではない。ロキも、飲み物、何がいい? と声を掛けてくれるし、他のみんなも話題に入れるように気を配ってくれている事に気付いた。吉井とレヴィは、なにやら難しそうな話をしていた。


「――類の中でも、最大の部類に」


「浮遊性の」


デトリタス、キュビエキカン、アウリキュラリア幼生、など、聞き取るのも難しい単語が並ぶ。こんな会食の場でも、妖魔の話かしら、さすがだわ、と、秘かに感心しながら、何とか聞き取れる単語を必死に繋げていたが、二人の話している内容が、ナマコについての事だと理解できた時は、思わずぽかんとしてしまった。薗田は、アキとじゃれながら、不思議そうに首を傾げた。


「アキ君、来た時、真っ白だったよねえ? 黒い斑が出てきてない?」


「そうなんだよ。はじめは汚れているのかと思ったんだけどさ。

 だんだん濃くなってきているんだ」


ロキが応えて、若犬を抱いてクリスに見せる。


「ほら、ここ、灰色っぽいブチになっているだろ? 前はなかったんだよ」


「ダルメシアンは、生まれた時は白くて、

 生後三か月くらいから黒い斑ができるって聞いた事があるわ。

 この子も同じなんじゃないかしら」


クリスの答えに、薗田とロキが、へえ、と感心して目を見開く。


「アキ、お前ブチ犬だったのかあ」


「ダルメシアンって、映画に出ていたわよね。クリスちゃん、物知りなのね」


何気ない会話。心がほわりと暖かくなる、自然な安心感。クリスは、己を恥じた。勝手に押しかけて、優遇されていないなどと、悪態をついて。故郷での自分と父に対する他者の態度は、思えばへこへことへつらっていたように思う。あれは、怯えもあったのかもしれない。こうして、異国から来た普通の少女として扱われているのがうれしかった。ここでは、誰も自分を怯えない。もし、妖魔が現れたとしても、当然のように最前列に押し出され、危険に身を曝し、気を張って戦う必要もない。自分より、絶対的に強い力を持つ者がいるのだから。その思いに行きついて、目の前で特に悩みもなさそうに笑うロキの思いはどんなだろう、と思った。彼女の視線に気づいて、ロキが首をかしげる。この雰囲気の中で聞いてしまって大丈夫だろうか、と一瞬戸惑って、思い直して聞いてみる事にした。


「ねえ、ロキは、怖くない?」


「怖い? なにが?」


「自分の力が。敵と戦ったりする事が」


室内が、一気にしん、とした。ロキは一瞬、痛みを堪えるような表情を浮かべ、ふっと口元に微笑みを湛えて、


「怖いよ」


と、いった。


「怖くて、すげえバカな事して、大事な奴らを傷付けた。

 でも、やっぱり、壊したくないんだよね。町も、みんなの生活も。

 自分だけが平和で安全でも、意味ないんだよ。

 俺は、みんなが普通に買い物して、笑ったり話したりケンカしたり、

 寝て起きてごはん食べて、そうしているのを見ているのが好きらしいから。

 みんなが宇宙に行っちゃう、後何年かだけでも、守りたい。

 この星の上に、人間が誰一人いなくなる日が来ても、

 そういう毎日があった事、忘れない。

 一人でも、一日でも、守りたいと思ったら、怖がってなんていられない。

 今はね、もっと力が欲しいって思うよ」


ロキも、怖いんだ。きっと、彼だけじゃなく、ここにいるみんなも。不思議な連帯感が、心を軽くしていくのを感じた。

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