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黄昏のエッダ  作者: 羽月
蠱惑
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追慕

特務課のほとんどの幹部とジェーナホルダー達は、施設内で寮生活を送っている。緊急の招集に応じるため、というのが大方の名目。ほとんどの者が広めの1DKにユニットバスが付く間取りの部屋を使用しているが、ロキはエンのたっての希望で、広めのキッチンが設置されているファミリー向けの2DKの部屋を使っていた。二つある八畳の洋室のうち、片方をクリスの居室としよう、というわけだ。


「仕事、はええ。さすが金持ち」


即日設えられた部屋に、ロキは半ば呆れたような声を漏らす。PC周りに本が無造作に積み上げられていた部屋は、簡素ながら清潔で、ほのかに可愛らしさが感じられる部屋になっている。


「こんな狭いところだと思わなかった。本当に、ここで暮らすの?」


「イヤなら帰ったら?」


「帰らないわ!」


ムキになるクリスに、あっそ、と答えて楽しそうに肩をすくめる。客観的に見れば、ロキの方が少し上手のようだと判断する者がほとんどだろう。キッチンや風呂、トイレなどについて一通り話した。


「ま、今日は長旅で、いろいろあって疲れただろ?

 早めに休みなよ。何かあったら、隣にいるから声かけて」


難しい顔で頷くクリスに、おやすみと声を掛けて隣室のドアを閉めた。


クリスはもぞりと寝返りをうって、慣れないベッドで慣れない部屋の天井を見た。勢いでこんな異国まで来てしまった。自分と父は、世界でもトップクラスの戦士だと、他国よりずっと立派に国を守っているのだと自負していた。その自信は、トウキョウの街並みを見た途端に打ち砕かれた。ここには、彼女の祖国では失われつつある文明と文化が、人々の平和な日常が残っている。公園で遊ぶ子供、食料や日用品の溢れる商店、犬を散歩させる人、手入れの行き届いた街路樹。これが、世界でもダントツのジェーナ保有率を誇る青年の存在がもたらす恩恵なのかと愕然とした。リストに新しく追加されたロキのページには、ジェーナ保有率17・338%と書かれていた。まさか、いくらなんでも、小数点の位置を間違えているのだろう。1・7%だったとしても、0・7%の自分との間に子供ができれば、その子は1%を越すジェーナを保有する事になる。キサネ・ヤシロは、イフリートの卵を孵して眷属とし、世界を飲み尽くそうとしていた海龍だけでなく、ヴォルケーノすらその配下に収め、強大な力を持つ妖魔を一夜にして駆逐してしまったという。子供が立派に成長すれば、祖国を失わなくともよくなるだろう。文明を、人々の希望を取り戻せるに違いない。

子供を作るという事が、どういう行為を意味するのか、考えなかった訳ではない。けれど、十六歳の少女はそれを見て見ぬふりをしていた。自分のしようとしている事は、勇気のある、立派な正しい行為なのだと。妖魔が現れたという地に乞われて出向けば、誰もが感謝の涙を流さんばかりに自分たちを歓待した。ニェーボと名付けたワイバーンは彼女の肩で威風堂々と羽を広げ、人々はその姿を、畏怖を持って見つめた。

だというのに。

ここでは、はじめから全く歓迎されていないと感じた。誰もがどこか戸惑いがちに接してくる。そんなはずはない、と、自尊心を奮い立たせたけれど、自慢の飛龍でさえキサネの眷属の前では卑屈な態度をとる。しかも、彼らときたら。今思えば、思い上がりだったのかもしれない、と思う。けれど、正直、ロキから拒否される事は想定していなかった。名案だったはずなのに。もしかして、私に不満があるのだろうか。それは、少女にとって耐えがたい屈辱だった。イフリートは下卑た目で見下してくる。レヴィアタンに至っては、まるで下賤な娼婦のような言い方までする。自分を、穢れている、と。勝てば官軍、子供さえできて、成長し、戦士としての実績を上げる事ができれば、きっと自分の行動は認めてもらえる。けれど、キサネはきっぱりとそれを拒否する。「馬鹿げている」という。これじゃ、いつまで経っても帰れない。

故郷の自分の部屋を思う。比べれば、ここはまるでおもちゃの箱の中のよう。父は今頃どうしているだろう。私を思っていてくれるだろうか。もしかしたら、急にすごい妖魔が出てきてしまって、一人で戦っているのかもしれない。母を失った日の事が過って、ぎゅっと目をつぶる。大丈夫だろうか、無事だろうか。自分は、いつまで父と離れ、こんなところに一人でいればいいのだろう。


「こんなの、あんまりだわ」


小さく声に出すと、涙が溢れて止まらなくなった。みんな意地悪よ。誰も私のこと好きじゃなくて。女の子にあんなひどい事を言うなんて。キサネは、女の子より男の人の方が好きなのかも。きっとそうだわ。だって、眷属たちだって。そうよ、私が悪いんじゃないわ。だからひどい事を言われたとしたって、傷ついたりなんて。


「ふ。え、えええん」


心の中で思いつくままに罵って、それでも感情が抑えられず、漏れる嗚咽を隠すように掛け布団を頭の上まで引き上げた。

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