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黄昏のエッダ  作者: 羽月
蠱惑
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交渉

気まずげに表情を硬くするシテュルメル家の父娘の前に、薗田が紅茶を出して退出していく。長官は、外せない所用があると言って彼らを残し、とっとと施設を後にした。早々に逃げ出す背中を、吉井も大槻も、だろうな、と思って見送った。別室に移動し、テーブルの片側には外国からの来賓が着き、その背後には護衛の二人、対面に、吉井、大槻、ロキが座し、その背後にロキの眷属たちが控えた。ワイバーンは、あれっきり姿を見せない。


「話、というのは」


吉井が対面の来賓二人の顔を交互に見る。彼らにとって衝撃的であっただろう初対面でのやり取りから、見事な精神力で気を取り直し、今日の訪問は、折り入って話があっての事、と、吉井に告げた。少女が優雅に紅茶のカップを傾け、そっと口をつけると、カチリとソーサーに戻す。その一連の動きを待って、父親のグレゴリーが口を開いた。


「我が国は、我ら一族が中心となり妖魔と対峙してきた。

 が、奴らは、日々その力を増してきている。

 我々の力を持ってしても、なんとか退けるのがやっと。

 人類は少しでも多くのジェーナを保有している戦士を、

 増やさなければならない」


重々しい口調でそこまで言い、言葉を切って対面に座る者たちの表情を窺った。大槻と吉井は、彼が何を言うとしているのか予測できた。来賓の紳士は、三人を順にみてロキで視線を止め、彼らの予想通りの話しを続けた。


「彼は十七歳だそうだな。

 我が娘、クリシュティナは今年十六、そろそろ結婚の適齢期だ。

 相手としてちょうど良いと思わないかね?」


「どゆこと?」


ロキが眉をしかめながら大槻と吉井の方を見て問う。


「君と彼女で結婚して、子供を作って、地球を守っていこう、と。

 そういう意味でよろしいですか?」


吉井が前半はロキに向け答え、グレゴリーに真意を確認すると、紳士は、ふっと軽く嘲笑を込めて微笑み、首を横に振った。


「婚礼まではせずとも。どうしても、というのなら、考えても良いがね。

 もっとも、我が一族の家系に、外国人の名が連なった前例はないが」


「結婚しないことを前提に、その子とヤッて子供つくれって事?」


「下品な言い方はやめて!」


「違うの?」


少女は手にしていたカップを落としそうになりながら悲鳴を上げるように抗議したが、ロキの、どこかきょとんとした視線に、ぐっと言葉に詰まる。


「ヤシロ君、言葉にすれば、確かに君の言う通りかもしれんが、

 物には言い方というものが。それでは余りに、我が娘が」


「ああ、ごめんね。

 でも、ボク、結婚するまで清い体でいようって決めているんだ」


(何が「ボク」だ)


大槻はロキの不自然なほど清らかに輝く笑顔に軽い眩暈を覚えた。ふ、っと、軽いため息を吐くロキから発せられる空気が変わる。


「言い方を変えたって同じでしょ。俺は結婚もしなければ子供もつくらない。

 こんな事、馬鹿げている」


「馬鹿げている、ですって?

 ジェーナの保有率が高い人間の重要性を、ちゃんと理解している?

 子供さえできれば、それ以降あなたの手を煩わせる気はないわ。

 私が立派に戦士として育てます。何が不満だというの?」


少女が、キッとロキを睨む。ロキは複雑な表情で彼女を見ていた。


「俺の気は変わらない。子供はつくらない」


「あなたね!」


「まあまあ」


いきり立つ少女を、どこか間延びしたエンの声が宥めた。視線が、ロキの背後に立つ二人の眷属に集まる。赤銅色の青年は薄く微笑みを浮かべ、もう一方の青年は、その紺青の眼に怒りと蔑みを隠そうともしない。レヴィは、それまで固く閉ざしていた口を開いた。


「子種欲しさに男を閨に誘うなど。

 しかも拒否されているというのに怒声に任せて頭ごなしに。

 なんと卑俗で淫蕩な。汚らわしい」


「うちの主、やだって言ってんだろ?

 欲求不満なら俺が代わりに相手にするけどー?」


真っ赤になった少女が、目を見開いて彼らを見る。あまりの言い草に、さすがに大槻が言葉をはさむ。


「レヴィ君、エン君、いくらなんでも言い過ぎだ」


「ごめんね、大槻さん。うちの奴ら、俺に似て正直者だから」


「ロキも!」


笑って言うロキを、思わず強い語調で窘める。気遣わしげに少女を見ると、ぎゅっと唇を噛み、震える頬を涙が伝う。


「笑って、バカにしていればいいわ。

 この国はこんなに平和で、豊かで、町もきれいで。

 世界中がみんな、こんな風だとでも思っているの?

 私の国は、他国よりも優秀な戦士が多い。

 なのに、先週だって水妖に襲われて村が消えたわ。

 私の母も三年前、戦闘中に私を庇って死んだ。

 母の愛したあの国を、先祖が大事に守ってきたあの土地を、

 あの地に生きる人々の命を、私は、簡単に諦めたりしない。

 私だって、あなただって、いつかは年を取って戦えなくなるのよ?

 子供を作れる期間だって、そんなに長いわけじゃない。

 遅れれば遅れる程、地球の危機は早まるの。

 あなた達が何と言ってバカにしたって、絶対子供を作ってもらうから!

 私はここに残ります。なんと言っても残るんですからね!

 お父様は祖国を守るお役目にお戻りください。私は私の使命を果たします。

 お部屋についてはお気遣いなく。キサネのベッドを使います。

 キサネの寝る場所?

 何を言っているの、そんなの一緒でいいに決まっているでしょう」


クリス嬢の剣幕に、誰も、彼女の父親ですら口をはさむ事はできなかった。吉井が、さすがに年頃の男女に同じ部屋を使わせるわけには、といいかけたが、なぜ? と問われれば答えに窮する。相手は、吉井の懸念する「過ち」を望んで遥々この国まで来たのだ。ここで、レヴィが主の主張を擁護するために参戦。


「勝手な事を。図々しいにも程がある」


「あなたに何の権利があって拒否するって言うの?」


「権利だと? 主の安息と安眠を守るのもわが務め。

 穢れをはびこらせるわけにはいかぬ」


「穢れってなによ? 私、穢れてなんていないわ!」


「主様の許可なく、生活領域に踏み込むことは(まか)りならぬ。

 無理を通せば我が全力を持って排除してくれる」


「レヴィ」


ロキの静かな声に、眷属はすっと一歩退く。


「ありがとね。まあ、なんだ、もう、ケンカはいいよ。

 クリスちゃんだっけ? 君の言いたい事も、だいたいわかった。

 とりあえず、少しの間いたらいいよ。

 あ、吉井さん、手続き的ないろんな事とかは大丈夫かな?

 そういうのさえ大丈夫ならね。

 言っておくけれど、気が変わったわけじゃない。子供はつくらない。

 それと、条件がいくつか。

 いるのはいいけど、俺は自分の生活を変える気はない。

 妖魔が出れば戦いに行くし。

 あとね、寝る部屋は別。

 エン、レヴィ、本とか置いてある方の部屋片付けるから手伝って。

 部屋ができるまで、ゲストルームでも借りて。

 家具はできれば自分で用意して欲しいんだけど」


「それは、私が手配しよう」


グレゴリーの言葉に、ロキが頷く。


「細かい事は言わないけど、常識的な事は守ってもらう。

 夜中に踊り狂ったり、大工仕事やり始めたりしたら、

 レヴィに太平洋の真ん中に捨てて来てもらう。OK?」


「わかったわ」


毅然と頷く少女に、ロキは、んじゃ、よろしく、と笑顔を見せた。

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