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黄昏のエッダ  作者: 羽月
蠱惑
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渡日

彼らは素晴らしいチームになっていた。ジェーナホルダーについては、各人のプロフィール、使役する眷属などの情報を、登録、開示する事が国際規約になっている。基本的にはどの国でも、ジェーナホルダーの情報はトップシークレット。関係者以外に知らされる事はない。世界を救える可能性のある十七歳の少年と、強大な力を持つ彼の眷属たちの存在は、そんなわけで一般の人間は誰も知らない。それを、惜しいと思わせるほどに、彼らの戦う姿は時に、引き込まれるくらいに美しいと感じさせた。

レヴィの呼び寄せる逆巻く波は、圧倒的な水圧と水量を誇る。潮と対峙し、その勢力を留める事ができる者などいない。薄藍に透ける死神の指が如く、敵を怒涛の勢いで飲み込み、引き裂き、圧し潰す。

一方、持っている最高能力値の数%しか覚醒していないというエンの火力は、現時点でさえ約三千度までの放熱を可能とする。耐久時間にまだまだ不満があると漏らすが、その熱量は鉄でさえ沸騰させる。煉獄の業火は、彼の視界に収まるほとんどの生ける邪悪を浄化する。

魔獣の害を受けているのは日本だけではない。各国のトップは、ロキの力を欲した。当然、この国としても彼らを手放す事はしない。ロキは純然たる戦士として交渉の席に着く事もなく、人々を脅かす妖魔を殲滅していった。


いつもの朝のミーティングに、突然長官が姿を見せた。その珍事と、彼の強張った表情に緊張が走る。


「突然すまない。急だが、これからここに来客がある」


「来客、ですか。一体誰が」


吉井の躊躇いももっともだ。この施設は、政府関係者ですら簡単に立ち入る事はできない。長官が困り切ったように眉を寄せ、言葉を続ける。


「北方の独立国家の貴族だそうだ。

 小国だが、ジェーナホルダーを多く輩出している。

 ロシアとの繋がりも強く、そちらからのたっての希望という口添えでね。

 谷城君に、面会したい、と」


急に名前を呼ばれて、ロキが、え、という表情で顔をあげた。

宇宙開発は日本とアメリカが先進国とはいえ、ロシアに頼る部分も大きい。この先地球を後にし、月や火星での生活を円滑にするためには、揉めたくない相手だ。かの大国の口添えとあれば、無碍にもできない。


「すでに近くまで来ている。

 今から迎えに行ってくるから、このまま待機してくれ。

 彼らも、ジェーナホルダーだ。くれぐれも、失礼のないように頼む」


長官が出ていくと、あきらかに「おもしろくない」という表情でロキが唇を尖らせた。


「ロシアと繋がりの深い小国で、

 ジェーナホルダーを多く輩出している、といえば」


吉井の口にした小国の名を聞き、ロキ以外の全員、苦い思いが胸の内に沸いた。その気配を察して、ロキが問う。


「え、何? 有名なの?」


「有名と言えば、まあ」


言葉を濁す大槻に、はあ、と大きなため息を吐く。


「何しに来るんだろ? 失礼のないようにって言ったって、だって、俺だよ?

 存在自体が失礼みたいなもんなのに」


ロキの漏らす不平に、高岡が、はは、と軽く笑って返す。


「貴族なんでしょう? 服とか、このままでいいのかな。

 おもてなしとか考えておくべき?」


「ああ、そうか。しかし、準備といってもなあ」


薗田の言葉に、大槻がため息を漏らす。と、廊下から慌ただしい足音が聞こえて来た。ミーティング室のドアがスライドして開くと、まず、長官が入室し、その背後には緩やかなウエーブのかかったブロンドの髪を背中まで伸ばした、十六、七歳の少女と、恰幅のいい壮年の男性、それと、彼らの護衛と思しき、二名の男性が立っていた。


「我が国のジェーナホルダー達です。

 こちらは、グレゴリー・シテュルメル卿と、

 クリシュティナ・シテュルメル嬢だ」


吉井が前へ出て、二人に歓迎の意を伝え、グレゴリーと紹介された男性に握手を求めた。


「私は、0・5%のジェーナを持っていてね。

 我々の一族は、婚姻の際の血縁に厳しく、

 実際、妻も私とは再従兄の関係にあたる。

 そうして代々、神の遺伝子を守り続けてきた一族なのだ。

 娘のクリスも0・7%のジェーナを持つ。

 雑多な他族の血を入れる事を嫌ってきた祖先の叡智と厳粛さが、

 現代の私たちに活き、人類に対する多大な貢献を可能にしている。

 こんな時代になって娘に苦労を掛けるのは忍びないが、

 これも貴族の務めだろう」


相手に劣等感を抱かせようとする者は存在する。当然、心地よい相手ではない。慇懃無礼。噂通りの尊大さ。元々、貴族としてある程度の地位におり、一族のジェーナの保有率が高かった事にその自尊心が刺激されたのだろう。実際、彼らは戦闘においても他国のジェーナホルダーを凌駕する能力を発揮している。


「彼はレーシィという眷属をお持ちだ。谷城君」


長官の呼びかけに、ロキは立ち上がって前へ出ると、クリシュティナと紹介された少女がツン、と顎をあげてロキの前へ進み出た。


「あなたが、キサネ・ヤシロ? 1・7%のジェーナを持つそうね?」


「1・7、なんだっけ?」


ロキは少し困ったような表情で大槻と吉井を見る。


「いや、17%だ」


「17だって。なんか、そう言われた気がした」


「え、あれって、書き間違いじゃなく」


少女は、言ってから気まずげに口をつぐみ、小さく咳ばらいをした。気を取り直したようにすっと顔をあげると、彼女の肩に体長五十cmほどの翼を持った竜が現れた。微妙に緑色を帯びた黒い、硬そうな表皮に覆われた体躯、トゲの並んだ長い尾、こちらを見透かすように睨む鋭い双眸、蝙蝠のような被膜を張った大きな翼。プテラノドンを連想させる尖った大きな口が開き、ザリザリとした音を立てる。よく聞けば、それは言葉だった。


「呼ンダカ、クリス」


「ええ。この子、私の眷属、ワイバーン。空を支配する王よ。

 あなたの情報のおかげで、言葉を話せるようになったの。

 世界的に見ても、言葉を話せるまで成長した眷属は、

 まだ珍しいみたいだけど。

 この子、強い毒を持っているの。あなたの眷属も、見せて下さらない?」


ロキの背後に、赤と青、二人の青年が立つ。シテュルメル家の父娘は唖然として彼らを見た。


「えっと、レヴィアタン。海の龍。

 こっちはイフリート。炎の魔人で、エンって呼んでいる」


エンは興味深そうににやにやしながら、一応、どうも、とあいさつしたが、レヴィは視線を合わせようともしない。少女の肩の上で、黒い生き物がそわそわと羽を動かし、口を開いた。


「ア、アノ、海ノ王。御目ニカカレマシテ、ソノ」


「話しかける許可を与えた覚えはない」


「飛竜ちゃん、空を支配する王とは、ずい分大きく出たねえ」


ばっさりと切り捨てるようなレヴィの冷酷な言葉とエンの嘲笑を含んだ揶揄に、ワイバーンは小さく縮こまった。少女は慌てて自らの眷属に声を掛ける。


「ちょ、ちょっと、ニェーボ! なんなの、その態度、まるで」


「あー、なんか、うちの眷属も、毒、持っていたみたい」


へらっと笑うロキに、周囲はそれぞれの反応をする。来客の父娘は愕然と、護衛の二人は、口をへの字に結び、長官と吉井は秘かに胃を抑え、他の全員は必死に笑いを堪えた。

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