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黄昏のエッダ  作者: 羽月
百足
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帰還

なんか、戻り辛いなあ、というロキを、強引に車の助手席に押し込んだ。アキは大槻が用意しておいた新しいキャリーケースの中でおとなしく寝ている。すでに世界各国からロキについての問い合わせが殺到している事だろう。これまで、数人がかりで小型の妖魔を退ける事がやっとという状態だったのに、あれほどの大型のものと、子供とはいえ二mを超す無数のムカデをいち時に殲滅してしまったのだ。妖魔以上の力が得られれば、人類は、地球を手放さなくてもいいかもしれない。彼は全人類、唯一の光だ。


会議室を、そわそわと落ち着かない空気が支配していた。ムカデを退けた翌朝、大槻とロキは、吉井と特務の最高責任者の対面の席に着いた。


「おかえり、谷城君」


「はあ。勝手に出ていって、すんませんっした」


吉井の抑揚を欠いた声に、ぼそぼそと応える。


「君を、正式に特務課の戦闘員として登録させてもらう事にしたよ」


「え、正式の戦闘員とか、何それ。やだよ、俺。勝手に登録とかすんなよ」


吉井の隣に座る長官が、にやり、というような笑みをたたえてそう告げると、ロキは憮然として返した。長官が驚いたようにぽかんと口を開け、誤魔化すように気まずげに咳払いをする。大槻は、慌ててロキを黙らせようとした。


「谷城君、君は、貴重な戦力なんだ。大きな期待がかかっている。

 人類存亡をかけ、力を尽くして戦ってもらわなければ困る」


執り成すような吉井の言葉に、うーん、と腕を組んで考え込んでいる。彼は、自分の立場が分かっているのだろうか、と、大槻はハラハラと見守る。


「あのさ、化け物が出た時、手伝うのはいいよ。けど、条件があるんだよね」


「条件。聞かせてもらおう」


「とりあえず、バイト優先。

 シフトとか代わってもらえない時は、後回しにするよ」


「は? バイト?」


「うん、仕事、急に、勝手にちょくちょく休むわけにいかないしさ。

 なるべく融通利かせてもらえるトコ探すけど。

 俺、中卒になっちゃったし、難しいんだよね。

 十八歳以上だったら、わりとあるんだけど、まだ十七だし」


「あの、バイトって、なぜ」


「なぜ? 食っていくのには働かなきゃだろ。今、貯金切り崩しているんだよ。

 それだって、大してないし。

 エンが、俺の体気遣ってメシ作ってくれているのに、やり繰りきつそうだし、

 レヴィにだって、できればもっといい水、買ってやりたいし。

 甲斐性のない主で情けないよ」


大槻の正面で、長官と吉井が揃ってぽかんとした表情を浮かべているので、吹き出すのをやっと堪え、ごま化すように俯く。吉井が気を取り直したようにレジメを捲る。


「最初に、きちんと説明しておくべきだったな。

 君には給与が支給される。正式な公務員給与に、手当てが付与されて。

 住居も、今までの部屋で不都合がなければ、そのまま使用してもらう。

 レヴィ君に、水を買っているといっていたな。

 それは経費として認められるよう手配しよう。領収書を回してくれ」


「えっ、マジで? あのさ、pikariでもいい?」


「ぴかり? あのアルカリイオンがどうのっていう、スポーツ飲料の?」


大槻の問いに、振り向いて大きく頷く。


「レヴィ、できたらpikariがいいって言っていたんだけどさ、

 あれ、ちょっと高いんだよね。あんまり特売とかしないし。

 だから今まで、特売の安い水で我慢してもらっていたんだ」


「ピカリでも申請が通るように交渉しよう。

 ひと月に必要な本数を後で報告してくれ」


「おおお、すげえ、吉井さん、太っ腹だね!」


「私が払うわけではないのだが。

 金銭的な問題が解決したら、

 バイトはせずに、こちらの業務に集中してもらえるな?」


「うーん、今のところ問題なさそう、かなあ。逆に、俺、ここにいてもいいの?」


「そうしてくれると、助かる」


実際は、彼は強制的にでもここに留まらなければならない。任務の都合上というだけでなく、彼の身の安全の確保のためにも。


「でもさあ、いやだと思ったら、出ていくから。

 俺って、自由なオオカミだからさ」


「そうならないように、配慮しよう。要望があれば言ってくれ」


「あのさ、今の、笑って突っ込んでもらいたいんだけど。

 真面目に返されたら、俺、イタイ奴だよ」


「それは、要望か?」


「要望って言うか。吉井さん、ノリ悪いよ」


口を尖らせ不服そうに、後半は隣に座る大槻にやっと聞こえるくらいの音量で呟く。


「あ、要望。吉井さんに、要望ある」


「なんだ?」


「吉井さん、もうちょいノリ良くしてくれない? 軽くって言うか、さ」


得意気に笑うロキに、大槻も長官も思わず吹き出してしまった。


「まあ、期待の新星の要望とあっては、聞かざるを得ないだろうな、吉井君」


「わかった、善処しよう」


長官の言葉を受け、苦り切った表情を浮かべる吉井に、ロキが笑いながら頷いた。

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