繁殖
大槻の運転する黒いセダンが現場に到着すると、薗田が駆け寄ってきた。
「ロキ君!」
助手席から降りてきた少年を見て、嬉しそうに声を掛ける。
「詳しい状況を頼む。小型のムカデ、とは?」
電話の向こうで薗田は、一か月前の大ムカデだけでなく、無数の小型のムカデが多数出現した、と告げた。
「引き続きこの地区の監視を行っていたところ、空間の異常が感知されました。
小型と言っても、体長は二mほど。
暗闇に紛れ、正確な数はわかっていませんが、数十から百はいるようです。
専門家の推測では、卵を孵化させたのだろう、と。
ムカデに襲われたと通報してきた青年がいるのですが、
肝試しと称して立ち入り禁止を無視して入り込み、
公園で飲酒していたようです。
全員で五名、どうやら、彼以外の四名は、襲われて犠牲になったようです。
現在ムカデの群れは山のふもと付近に固まっていますが、
徐々に行動範囲を広げています」
「人を喰う、のか」
大槻は、ロキを見た。彼もその視線に気づき、ちらりと見上げて、
「近くにいる人、みんな避難させて。薗田さんたちの、眷属もね」
と、表情を変えずにさらりと言った。
山のふもとの一部が、黒く波うっている。その範囲、横に約七十mといったところ。ギチギチ、ギイギイと軋む音が、二百mほど離れたところにいる大槻にも聞こえる。チラチラと輝くのは、絡み合い、蠢くムカデの表皮か、眼か、足か。さらに木をなぎ倒すゴリゴリという音に山頂を見上げると、夜空よりもなお黒く、体長数kmにも及ぶ大ムカデの影がこちらを見下ろしている。おぞましい光景だ。
薗田からの電話を切った後、俺も行く、と、ロキは言った。車の中で話したことを思い返す。
「大槻さん、俺さ、柄にもなく考え過ぎていたわ。
バカが考えたって、いい事無いね。
東京駅での事も、大槻さんたちがいたから、十四人で済んだんだよね。
じゃなかったら、もっとたくさんの人が亡くなっていた。
あの時、俺に力があったら、もっと助ける事ができたかもしれない。
やっぱさ、やらないのとできないのは、自分の中では全然違うけど、
周りから見たらおんなじなんだよね。
俺がビビってるせいで、あいつらが、本当はできる事だって、
できないって思われたら癪だよ。それに、最初に、やるって言ったしね。
ほら、エンの卵をもらう時。やりたくなかったら、やらないけど。
まあ、うん。多分ね、もう迷わないんじゃないかな、俺」
ゆっくりと大槻達のいる場所から、山に向かって歩いていくロキの背を見送る。とりあえずは、やる気になってくれたようだし。まずは、お手並み拝見。