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黄昏のエッダ  作者: 羽月
百足
38/104

辞去

一か月以上にも渡る徹底的な調査、捜索にもかかわらず、大ムカデは見つからなかった。妖魔に関しては、まだわからない事だらけだ。エンが羅刹だろうといっていた、東京駅を襲撃した奴らは、死亡と同時に砂塵と化した。大ムカデも、同じ末路を辿ったのかもしれない、と、誰もが思い始めていた。あの山を中心に、半径数十kmに及ぶ市町村の避難生活も、限界を迎えている。安全が確保されたわけではない、が、住民を元の生活に戻すしかない。特務には、言い表せないもやもやとした苛立ちが立ち込めていた。


エンはほぼ完治した、と、元の姿に戻って生活を始めていた。レヴィの脇腹を貫かれた傷は、毒が治りを遅くし、実はかなりの重傷だったと、後になって聞かされたが、それも日常生活には差支えがない程に回復したという。

ロキは、あの後すぐに、


「マジになっちゃってすんませんっした、もう平気っす」


と、へらっと笑い、以前と同じように大槻達に接するようになった。が、何かを考え込む時が増えた。何かを抱え込んでいるのは、彼の眷属たちがロキから離れようとしない事からも知れた。


「暫定的に避難指示を解除する事になった」


ミーティングの席で、吉井がそう告げた。


「危険がなくなったとは言い切れないため、完全な避難指示解除ではない。

 あくまで、自己責任で判断してもらう」


誰だって危険な土地で暮らしたくはない。が、住民には生活基盤がある。仕事や田畑を思えば、戻るしかない。他の選択肢は無いに等しい。自己責任などという言葉は、責任逃れでしかない、と思えた。一応監視は続けるものの、特務課での仕事は、一応の収束、という形になった。ロキはぼんやりと俯きがちに、ただ無表情に席に着き、会議に参加していた。


「少し、休憩室に寄っていかないか?」


大槻がそう誘うと、ほんのわずか戸惑う素振りを見せ、一瞬後に、最初から喜んでいた、というように表情を明るくして了承した。薗田や高岡も休憩室に同行した。彼らもロキ達の事を気にかけていた。ロキの眷属たちの話、大ムカデの動向についての予測などを話していると、菅原がやって来てコーヒーを注ぎながらじろりとロキを見た。


「まったく、呑気なもんだよ」


トゲのある声に、薗田たちは咎めるような視線を向け、ロキは聞こえないふりをした。菅原はなおも続ける。


「最初にきちんと片づけておけばこんな問題は起きなかったんだ。

 遺伝子の保有率が高かろうと、これじゃな」


「やめなさいよ」


「力のある眷属って言ったって、使えないんじゃ意味ないだろ。

 あんたらだって、こんなガキにへこへこして甘やかしやがって。

 危険すぎると思っていたが、お前が遊ぶのには相応のおもちゃだったな」


「おもちゃって、あいつらの事っすか?」


視線を落としたままそういうロキを見る。


「他に何がある?」


ふん、と嘲笑を込めて言い放つ菅原に、ロキは小さくため息を吐いてにっこり笑いかけた。予想外の反応だったのだろう、菅原が一瞬、たじろぐ。


「あいつらの事、ちゃんと使えない俺が悪いんですよ。

 あいつらは、なんも悪くないし、精一杯やってくれているんで。

 そういう風に言うの、やめてもらえます?」


菅原はファイルを小脇に抱えたまま、ロキの前に立つ。


「お前が悪くない、なんて言ってないだろ。

 たいして役にも立たないくせに、タダ飯喰らいが偉そうな顔しやがって。

 生まれた境遇が、たまたま運が良かったってだけで、ガキのくせに」


「菅原君、言い過ぎだ」


「そうよ、ヴォルケーノの件にしたって、ムカデの事だって、

 ロキ君がいなかったら」


「運がいい? 俺が?」


交互に擁護する大槻と薗田の声を、ロキが遮る。


「タダ飯食いって、別にあんたに食わしてもらっているわけじゃないだろ。

 メシ食わしてもらってんだから、言うこと聞けって?

 どうせ、あれだろ。宇宙に行くロケットとかさ、

 偉いやつとか役に立つやつとか、そんな奴らから先に逃げるんだろ?

 いう事きかないんだったらお前は乗せてやらないとか、

 そんなん言うんだろ?

 俺は別に、俺より誰か後に一人でもいるんだったら、最後でいいし。

 つか、マジ宇宙とか行きたくないし。

 メシ食わせんのが惜しいとか言われてまで、ここにいたくないし」


「ロキ、誰もそんな事」


席から立ち上がり、宥めようとする大槻の手を振り払うロキの、菅原を睨みつける目に涙が浮かぶ。


「はーあ、全く、これだからガキは」


菅原がバカにしたようにそう言い、ファイルを抱えた手を後頭部に当てると、ロキは、びくっとして自分の頭を庇い、尻餅をつくように床にしゃがみ込んだ。突然の大袈裟すぎる反応に、菅原も含めた全員が唖然とロキを見下ろす。


「ロキ?」


大槻の声に、おどおどと腕の陰から盗み見るように見上げる。怯えきったように目を見開き、指先が震えている。周囲を見回したその表情は、むっとしたようなものに変わり、言葉を失くす大槻のそばをすり抜け、休憩室を小走りにでていってしまった。


大槻が追うようにロキの部屋に向かうと、廊下の向こう側からアキを伴って歩いてくる彼と出会った。


「あ、大槻さん、いろいろ、お世話になりました。俺、出ていくんで」


「ここを出て、どこへ?」


「や、まあ、なんとかなるっしょ。ここにいるよりは、マシって言うか。

 あ、この服は、後で返しに来ますから」


そういって、ぺこりと頭を下げて歩いていく。荷物は、何もない。多分、ポケットに入っているケータイと財布、それとアキ。彼がここから持ち出そうとする物は、それだけだった。

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