吐露(1)
大槻は、朝食を並べたトレイを見下ろし、今日はきちんと食べるだろうか、と、小さくため息を吐いた。大ムカデの出現から、丸三日が過ぎていた。彼ら、といっても、ロキ以外の二人は魔族なわけだが、あの日までうまくやっていた。しょっちゅう言い争いをしていても、すぐにけろっと仲直りをして。端で見ていてもそんな気の置けない、わだかまりのない関係が、清々しく心地よかった。
あの日からエンは元の卵の状態のままペットボトルの中から出て来ず、重傷を負ったレヴィは言葉少ない。治療を提案しても、自分でなんとかすると固辞して、ロキのそばを離れず、ロキと話をさせてくれと言っても、話せる状態じゃないと取りつく島もない。
彼らに、何が起こったのだろう。
エンは、あの時ロキに、離せ、と叫んでいた。眷属が、主の感情で動きが変わる、というのは聞いていた。確かにそういう部分はあるだろう。が、全く動けなくなる程の事があり得るのだろうか。だいたい、ロキはなぜ、エンの動きを封じたのか。吉井をはじめとした特務のスタッフだけでなく、政府からも報告を求められているが、事実を知りたいのは自分の方だと言い返したくなる。
ノックし、来訪を告げると、いつも通りレヴィが扉を開けてトレイを受け取る。と、す、と一歩下がり、軽く目を見開く大槻に小さく頷いて、
「我が主が、話がしたい、と」
と、招き入れてくれた。
カーテンが閉ざされ、薄暗い室内の壁際のあたりに、ロキが立っていた。元々細身だったのが、あきらかに痩せて、顎から首にかけてのラインが折れそうに細い。
「食べてくれないと困るな」
苦笑混じりにそう声を掛けると、無表情にぺこりと頭を下げた。レヴィが無言でダイニングテーブルに着くように勧めてくれ、頷いて椅子を引く。ロキも同様に、対面の席に着いた。
「いろいろ、すみませんでした」
「いや。エン君の具合は、どう?」
「昨日の夜、話して」
その言葉に、思わず身を乗り出す。レヴィが静かに、二人の前にお茶を出してくれ、水の入ったコップと、小石の沈んでいる、ペットボトルを並べてテーブルに置く。大槻の見ている前でその小石が消え、コップの中にオレンジ色の小さなトカゲが現れた。
「あ、オレオレ、俺っす。
こんなカッコで悪いね、まだ傷とかあれなもんで」
トカゲはコップの水面から頭をだし、しゃがれた声でそう告げた。
「エン君、なのか」
目を凝らすと、小さいながらも左手がある。もしや。
「傷は、まだひどいのか? もしかして、それ、左腕」
「ああ、やっと生えてきて。まあ、もうちょい、あれかな。まだグロイし」
「欠損がひどく、時間がかかっている。が、完治は間もないだろう」
彼らの言葉に、そうか、といって、思わずほっと息を吐く。
「話、というのは?」
ロキは俯いて、しばらく口をきゅっと閉ざしていた後、話し始めた。
「あの時の事、ちゃんと話そうと思って」
「うん。何が起こったんだ?
エン君が、動けなかった、と言っていたようだけど」
ロキが再び口を閉ざすと、トカゲのしわがれた声が、
「レヴィ、話してやって」
と告げた。レヴィが頷き、大槻と向き合う。
「エンが蟲と対峙しようとする前、主の迷い、戸惑いが伝わってきた。
それは、微かなものだったが、
エンが遠ざかるにつれ、急速に感情を支配した。
エンは、主と精神のとある部分を完全に繋げていた。
そうすると、勝利の歓びや興奮など、エンの感情が主に伝わりやすくなる。
臨場感が増す。それが、仇となった。
エンの方からのみ、流れるようにしておいたはずだった感覚が、
想定以上に強い主の感情に押し戻されて逆流。それで、あの結果に。
始めに気付いていた私が、きちんと配慮していれば。
主を支え、エンを止めるべきだった。今回の責は、私にある」
「てめえは謝んじゃねえっつってんだろ」
「エンもレヴィも悪くない。俺のせいです」
三人を順に見渡して、最後にロキで視線を止める。
「迷い、って、思い当たる事はあるのか? 何に迷う」
「怖かった」
「怖い?」
ロキが視線を逸らしたまま頷く。