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黄昏のエッダ  作者: 羽月
百足
35/104

祈祷

大槻が大股で歩み寄り、ロキの顔を覗き込んだ。


「どうした、ロキ?」


「ロキイイイイ!」


エンの叫びに全員が振り向くと、大ムカデが口を開け、エンに襲い掛かるところ。

上半身を狙った牙は、ぎりぎりでかわしたエンの左肩を噛み千切った。

失ったエンの半身から炎が上がり、体液が吹き出す。

再び、レヴィがロキの両肩を掴み、揺さぶるように声を掛ける。


「主様、お命じください。私に、奴を助けろ、と」


呆然とした表情のロキの頬を、涙が伝う。


「レヴィ、エンを、助けて」


レヴィは頷き、弾かれるように踵を返して、

背後に生えていたナナカマドの枝を十五cmほどの長さに手折った。


高天原(たかまがはら)に」


葉と小枝を払いながら、何かを口の中で呟いている。


(かしこ)み、(かしこ)み、申す」


大槻が何とか聞き取ろうとすると、それは祝詞のようだった。

大ムカデは暴れ続け、宙にやっと浮いているという状態のエンに、触覚が直撃する。


(はう)虫の(わざわい)息吹放(いぶきはな)ちて破邪(はじゃ)の光」


レヴィアタンの手の中で、小枝が光を帯びて輝きだす。


「閃光、我が矢となりて、邪を滅せ」


光は剣の形をとり、水色の髪の青年が、矢を番えるような仕草で引き絞る。

放たれた光剣は、吸い込まれるように大ムカデの右目に命中した。


ギャアアアアアアアン。


大きく口を開け、闇雲に暴れる大ムカデの前に、海龍が姿を現す。

その体長はせいぜい数十メートル。ムカデの前では、対比で小さく見える。

海龍は咆哮をあげ、ムカデの首辺りに喰らい付くと、思い切り硬い表皮を引き裂いた。

大ムカデの傷からは、緑色を帯びたタール状の体液が激しく噴き出して飛び散り、

周囲の木が融けるように崩れ落ちていく。

黒鋼に光を返す大ムカデが、ぐっと体を伸ばし、大きく頭を振ると、

その牙が海龍の胴を貫いた。

その体制のまま、海龍がそのうねる尾で伸び上がっていた大ムカデの体を打つ。

衝撃は地鳴りとなり、立っていられないくらいの震動となって麓の大槻達に伝わった。

打撃で加わった力は、噛み切られていた傷を大きく広げ、

ムカデは断末魔のような叫びをあげて、ふいにその姿を消した。

海龍はしばらくその場にいて、ゆっくり山に近付くように高度を下げ、幻のように消えた。

誰もが声も出せず、身動きもできず、立ち尽くしていた。

と、山の方から、レヴィが脇腹を抑えながらエンを抱えて歩いてくるのが見えた。

大槻と高岡が駆け寄る。


「離れて。火焔が暴走する可能性がある」


レヴィの言葉に、足を止めて距離をとる。

エンの傷は、直視できないほどひどいものだった。

左肩から先が欠損し、腰から下は体液と、自らの炎で焦げている。

レヴィはエンを地面に下し、ザアザアと水をかけ始めた。

以前雷獣を癒したものと同じ液体なのだろう。

ムカデの体液が洗い流され、激しく蒸気が上がり、エンの表情が苦痛に歪む。

その水流が止まり、レヴィが集団に背を向け、倒れ込むように膝をついて咳き込み、

突然に激しく吐き戻した。

脇腹を抑える手の下から、じわりと液体が滲み、衣服の色を変えて広がっていく。


「レヴィ君」


駆け寄ろうとする大槻を、手を伸ばして制する。

しばらくそうしていて、ふらふらと立ち上がり、ぜえぜえと喘ぎながら、

やっと立っているというような状態で、再び、エンに水を掛ける。


「ヤツの、毒が少し、体内に入っただけだ」


そういって、ふと、目前に立った人物を見上げる。


「エン、レヴィ」


「主様」


「あの、ケガ」


「おい、レヴィ」


エンのかすれた声に、ロキがびくっと言葉を止める。


「手、貸せ」


レヴィはエンの右腕を支え、引き上げて立たせた。


「ロキ、ちと、そこに。ああ、もうちょいこっち。

 うんそう。あ、もちっと手前かな。

 ああ、いいね、その辺」


言われるままにうろうろとエンの指示に従っていたロキの体が、

正面からの蹴りを受けて二mほど後方に吹き飛び、反動でエンもバランスを崩して座り込む。

レヴィに支えられながら、地面に倒れ伏して動かないロキを怒鳴りつける。


「てめえ、何してくれてんだ、おい。

 敵の前に出しておいて、縛り付けて動けなくしやがって。殺す気か!」


「主様に怪我をさせても。もうその辺に」


傷口に水を掛けながらそうエンに囁き、雷獣の時と同じく、ペットボトルに液体を満たす。

エンは舌打ちをして苦々しく顔を背け、


「恩に着る」


と、小さくかすれる声で言い、レヴィと数秒視線を合わせ、姿を消した。

レヴィの手の中のペットボトルに小石が沈んでいる。

水色の長い髪の青年はそれを一瞥して確かめ、のろのろと起き上がろうとしているロキのもとにしゃがんだ。


バシ。


支えようと伸ばしたレヴィの手を、ロキが邪険に振り払う。

レヴィは、少し悲しげな表情のまま、傍らに座して待つ。

ロキはやっと上体を起こして、地面に足を投げ出して座り、

俯いたまま、エンに蹴られた胸辺りをぎゅっと掴んだ。

ロキの手がおずおずと自らに伸ばされると、レヴィは膝立ちになり、主の背中に手を回す。

と、ロキはレヴィの服を掴んで自らに引き寄せ、その胸に額を当てて、

肩を震わせて嗚咽を漏らした。


無線の向こうの声が、山頂に取り残されていた人たちが、軽傷者はいるものの、

全員無事に救助されたと告げていた。

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