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黄昏のエッダ  作者: 羽月
百足
33/104

初秋

リュックを背負った男の子が、山道を弾むように歩いていた。

穏やかに晴れて、木漏れ日が薄暗い森の中にキラキラと降り注ぐ。


「あんまり急ぐと、疲れるぞ」


背後から父が呼ぶ声が聞こえるが、

うきうきと先を急ぎたがる足がいう事を聞かない。

土と水の匂い。樹皮の、葉の匂い。

それらが肺に満ち、駆け出したい衝動を抑えるのがやっとだった。

チリチリ、タッタッタと、自分を追ってくる音に振り返る。

リュックに付けたキーホルダーの鈴を鳴らしながら駈けてくる五歳の弟と、

笑顔を浮かべながら大股でその後ろを歩く父の姿が見えた。


「お兄ちゃん、待ってよ」


「バカ、走るな。転ぶだろ」


そう言いながら手を差し出すと、小さな手を繋いでくる。

風がさらさらと木立を過ぎる。もう何度目かの深呼吸をした。

山頂近くの小川で水遊びをし、お弁当を食べて帰る。

父の計画を聞いてから、うれしくてしょうがなかった。

まだ、登山は始まったばかり。


「お父さん、あの石、紐がついているね」


歌いながらしばらく歩いた後、弟がそう言って立ち止まった。

指差し、見上げる先には、しめ縄が巻かれた大岩があった。


「なんだっけなあ、小さい頃、お父さんのおばあちゃんに聞いた気がするけど。

 ああ、ここに書いてある。

 えっとな、昔、このあたりに大ムカデがいて、

 偉いお坊さんがやっつけて、この岩を置いて封印、

 ムカデを閉じ込めているんだって」


父が大岩の下に立てられた看板を読んでそう話してくれた。

ムカデ、って、運動会のムカデ競争の、

絵本で、全部の足に靴を履くのが大変で約束に遅れたと書いてあった、

あのムカデだろうか。

偉いお坊さんに閉じ込められるわけだから、悪い奴だったのだろう。

絵本のムカデは、おっとりと、とぼけた顔をして描かれていた。

少年は、本物のムカデを見た事はなかったが、

小さめのミミズくらいの大きさだろうと思った。

大ムカデなら、ヘビくらい? 一メートルくらいはあるだろうか。

お父さんのおばあちゃんが、昔話というくらい、ずっとずっと昔から、

この大きな岩の下に押し潰されて閉じ込められているという。

弟は、怖いね、といって肩をすくめてみせたけれど、

なんとなく、可哀想だと思った。


「ねえ、お父さん、ムカデって何をしたの?」


「さあ? それは書いてないな。

 でも、ムカデなんだから、なにか悪い事なんだろ。

 さ、急がないとお昼になっちゃう」


そういって弟の手を引いて歩き出した。

後を追おうとすると、誰かに呼び止められた気がした。


(みたい?)


薄暗い木立の向こうを見ると、山道から数歩ほど離れた場所に、

草に埋もれた、細いしめ縄がつけられた小さな祠があった。


(きれいな、いし、みたい?)


草むらに分け入り、屈んで祠を覗き込むと、しめ縄が邪魔でよく見えないが、

その奥に、黒く光る、ドッジボールの球くらいの丸い石が見えた。

少年は、引き寄せられるようにおずおずと、小さな手を伸ばした。

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