好転
数日後、ロキと、エン、レヴィはとある火山島にいた。
「ここでも、あの子に会えるの?」
「ま、溶岩帯の上だったらどこでもいいんだけど。
溶岩が地表に近いところにあれば、わりと負荷をかけずに呼びやすいだろ」
「固い岩盤を突き破る事になれば、影響が大きいので。
それに、ここは街もなく、奴が暴れても人への影響は少ない。
海も近く、私の領域」
エンとレヴィの言葉に頷き、手荒な真似はしないでよ、と釘をさす。
エンが、呼ぶぞ、と声を掛け、一歩前へ出て意識を集中すると、
やがて噴煙が濃くなり、少女の姿が浮かび上がってきた。
「またあんたたちなの? 何の用?」
「この前は、アキがごめん」
ロキの言葉に、勝ち気そうな大きな目に、哀しそうな影が過る。
「あの、さ、この子、よかったら預かってもらえないかなって」
ロキが視線を落とすと、足元に黒い犬が現れた。少女の目が大きく見開かれる。
頭が二つあり、まだ成犬になりきらぬ若犬で、大きめの中型犬くらい。
今にも駆け出したいのをなんとか我慢しているという風に、
そわそわとお座りの姿勢でヴォルケーノを見上げる。
「え? うちが? いい、の?」
「うん。オルトロスって言うんだって。
普通の犬じゃ、溶岩の中で暮らせないだろ?」
少女はおそるおそる近づき、びくびくと手を伸ばす。
オルトロスはちょっと不思議そうな表情を浮かべ、
にっこりと笑いかけたように見えた。
少女の手が、片方の頭を撫でると、ひょい、と彼女に前足を置いて顔を舐めた。
「この子は、うちの事、嫌いじゃない?
え、えー、可愛い、いいの? 本当に?」
「うん、俺の眷属だし、用があったら、呼び出さないといけない。
けど、用が済んだら、また君の所へ戻すよ。それでもよければ」
「うん、いいよ。あのさ、この子、うちの、家族?」
「そう思ってもらえる?」
「うちの、家族」
少女の目が、うるりと揺れる。頬を流れた涙をオルトロスが懸命に舐めた。
「えへへ、くすぐったいよー」
「よろこんでもらえてよかった。おい、お前、いい子にしてろよ? じゃ」
「あ、ちょっと待ってよ」
オルトロスの頭を交互に撫で、そう言い聞かせて背を向けようとするロキを、
少女が慌てて呼び止めた。
「あんたさ、いいやつだね。あのさ、これあげる」
差し出されたのは、赤とオレンジが混じりあった石がはめ込まれた指輪だった。
じっと見ると、石の中でゆるゆると絶え間なく、オレンジと赤が動いている。
「指輪?」
「そう、うちの証。あんたが困ったら、呼びなよ。うち、助けに行くし」
へえ、と、微笑んで自分の左手の小指をその指輪に通すロキの背後で、
二人の眷属が唖然とした表情を浮かべる。
「すげえきれい。さんきゅ、なんかあったら、頼むよ」
「うん、こっちこそ。オルトロス、ありがとう。気を付けて帰って」
少女は黒い犬を伴って、いつまでも手を振って見送っていた。
本部に戻ると、その事実に騒然とした。
「えっと、つまり、この証を受け取る、というのは」
大槻がロキの左手を覗き込みながら興奮がちに言う。
「眷属の一歩手前、って事。
あいつは、基本的に今まで通り自由なんだけど、ロキの呼び出しには応じる。
強制力はそんなに強くないけど、あいつ自身、助けに行くと明言している。
ぶっちゃけ、これ、マジすげえよ。あの跳ねっ返りが、人に証を渡すなんて。
まあ、こいつがロキの眷属になったのも、正直驚きっちゃ驚きだったんだけど」
レヴィを顎で示しながら、エンがそう説明する。
レヴィも頷き、
「これで、主様がいる限り、
この国は溶岩や噴火の害を危惧しないでいいだろう」
と請け負った。
それは、とても大きな朗報だった。
エン(以下 エ):いやあ、毎日暑いね! テンションあがるね!
レヴィ(以下 レ):夏は海岸線が騒がしくて敵わん。水質の汚染も進むし。
エ:みんな、もう花火は見に行ったかな? 花火の中を飛び回るのサイコ―だよね。
ああいう派手な火はいいね。
レ:ここを読んでくださっている方たちが、
打ち上げ花火の間を縫って飛び廻るわけなかろう。
エ:いや、マジ、あれおススメだって。
火花が直撃した時なんて、もう、エクスタシー! って感じで。
レ:アホな事を。ヒトに気付かれたらどうするつもりだ?
今回は、ヴォルケーノが主様に証を預けたな。
エ:おう、ヴォルケーノ、な。マジびっくりだわ。
前々回かな、証を預けるのは、魔族にとってかなり重要な事って話したけれど、
格の高い魔族ほど、その傾向は顕著なんだよね。
レ:そうだな。
エ:魔族とヒトの関わり方にはいくつかある。
まず、ヒトが魔族を眷属とする場合。俺やレヴィはこれだね。
逆に、魔族がヒトを下僕にする事もある。
それと、恩を感じたお礼に、困った事があった時は助けるよって約束する関係。
友だち、っていうのかな、今回のヴォルケーノは、これだね。
レ:眷属となった魔族は、言うなれば主の所有物。
主以外の者に仕えたり、証を渡す事はない。
大げさな言い方をすれば、フリーの魔族は、証を何人に渡してもいいし、
自らの意に反する願いは、叶えるよう働かなくてもよい。
エ:魔族は、常に欲求と対価、需要と供給がプラマイ・ゼロになるようにしている。
ヴォルケーノにとって、ロキのした事が、それだけうれしい事だったんだな。
レ:これからも様々な魔族が出てくる中で、主様はどう関わっていくのか。
そのあたりも見物だな。
エ:まあね、ロキはいろいろ考え過ぎるトコあるしね。
てなわけで、今回はこの辺で。
イフリートのエンと、
レ:海龍、レヴィアタン、でした。
エ:花火の中に人影が見えても、気付かぬフリでスルーよろしく!