序列
予定より早く仕事が片付き、吉井から、一応、経過を見るために一日残ってくれ、
せっかくだからゆっくりしたら良いといわれ、
地元の職員の好意で観光を楽しみ、帰りの専用機の中、ロキが急に笑い出した。
なぜかつられて、大槻と薗田も。
レヴィが、くすっと笑ったところで、エンがむっとして、
「何がおかしいんだよ」
と、口をはさんだ。
「えー、いや、だって、アキ、格好よかったなって」
楽しそうに笑うロキにさらにむっすーと口を尖らせ、腕を組む。
「ま、いいけどね。これで俺が一番って事がわかったし」
「なぜ、そうなる? 今回、私の方がまだ役に立ったと思うが?」
ふふん、と、口の端を上げる火焔魔人の視線に、レヴィがむっとして反論した。
「あいつと交渉に持ち込んだのは俺だろ!」
「思いっきり決裂していたではないか」
「多少火力不足だっただけ。これからの伸び代を思えば、余裕だね」
「その、実力不足が大問題なのでは?」
「はあ? 海龍の一族に、どれだけ眷属がいるよ?
この地上で最強なのは、火属性の一族。俺はその頂点。わかる?」
「よくもそんな事が。地球上の七割が海なのだぞ?
我が一族を愚弄する気か?」
「やんのか、こら」
「いい加減にしろよ!」
お互いに立ちあがってにらみ合う二人を、ロキが制する。
「いつまでそんな事で騒いでんだよ。一位をはっきりさせたらいいんだろ?
俺の眷属の一位は、アキだ!」
二人が、え、と、きょとんとした顔で主を見る。
「おい、ちょっと待てよ、アキは」
「一番最初から俺といたのも、ヴォルケーノを鎮めてくれたのもアキ。
だから、アキが第一眷属だ!」
愕然と言葉を失くすエンの隣で、
レヴィが、ふう、と肩を落とし、しゃがんでアキを抱き上げる。
「アキ殿、第一位襲名、おめでとうございます」
「ちょ、お前、何、受け容れてんだよ」
「主様がそう宣言したのなら、私が異論をはさむ筋合いはない。
第二位眷属として、ごあいさつ申し上げたまで」
「さりげなく二位を名乗るな。俺が二位だ!」
「へえ、一位でなくてよいのか」
ぐ、っと言葉を詰まらせるエンに、ロキが軽くため息を吐く。
「アキが一位、二人とも二位。俺には、順番の意味とかはわかんねえよ。
全員が一位って事にしたいけど、
順番に意味があるんだとしたら、それでいいだろ。
これ以上、こんな事でもめるの禁止。いいな?」
エンも不承不承だが、さすがに、おう、と了承した。
「あのさ」
大槻と薗田が話し合いながら報告書をまとめ、レヴィがアキと遊んでいると、
ロキが声を掛けた。
「施設の卵の中から、一個貰いたいんだけど」
「ん、オルトロス、か?」
「できればそれがいいけど」
なんとなくはっきりしない様子に、大槻と薗田が顔を見合わせる。
「あの子さ、ヴォルケーノ。なんか、可哀想だなって。
だって、ずっと一人なんだろ?
溶岩の中とか、普通の犬は連れていけないし」
「うーん、せっかく孵化させるのなら、
できれば、手元に置いてもらいたいんだが」
「吉井さんの許可も、下りるかどうか」
大槻と薗田の言葉に、そっか、と、アキに視線を落とすロキ越しに、
レヴィとエンが、何やらアイコンタクトをとる。
「あの子がさ、アキの事、俺の家族かって言っただろ?
ああ、そっか、って思って。
家族かあ、って。どうにか、あの子にも家族とか。だめ、だよね、やっぱ」
「例えば」
ふいに声を発したレヴィに視線が集まる。
「今回、ヴォルケーノが活動を収めたのは、たまたま。偶然の産物でしかない。
奴は気まぐれで活動的な種族、またいつ活動を活性化させるかわからぬ。
この島国は、環太平洋火山帯の真上に位置し、
奴はこの国の全てを飲み込む力を持つ。
それを力で制圧しようとすれば、周辺への影響、被害は甚大なものとなろう。
けれど、もし、奴の身近に、それほどの高温に耐えられぬ、
庇護すべき者がいたとしたら。
それが、こちらの手の内の者であったとしたら。
こちらの不都合になる振る舞いは、
眷属を手放す事になるという事実が抑止力となる。
奴の行動を監視し、不穏な動きにいち早く対応する事も可能だ。
と、まあ、こんなところで、どうでしょう?」
「お前、ほんっと、屁理屈こねさせたら天下一品だよな」
「褒め言葉として受け取っておこう」
ロキが期待のこもった目を大槻に向ける。
「眷属は、どこか離れた場所に預けてあっても、
すぐに召喚に応じる事ができる?」
「もちろん。ロキが呼びさえすれば」
「エン君がある程度覚醒が進むまでは、別な眷属を育てるのは、後回し」
「監視をさせるくらいだったら、そこまで強くなくていいんじゃね?
ちなみに、ロキ以外のやつだったら、一生血を抜き続けたとしても、
納得いくまで眷属が覚醒する事はねえよ。
ロキは、あんたらの170倍以上のカギを持つ。
二匹以上の眷属を育てる事ができるのは、現時点ではロキだけだ。
最悪、どうしてもオルトロスを別な奴が眷属にしたくなったら、
ロキ以上の遺伝子情報を与えて上書きすれば、主はそいつになる」
大槻は、しばし考え込むように沈黙した。
「ここ五年間、必死で探してきても、ジェーナホルダーの数は少ない。
せめて、月への移住が本格化するまでの後数年、
なんとしても持ちこたえなければならない。
最小の労力で、被害を抑えるすべがあるのなら、それに越したことはない。
吉井さんに、話してみよう」
「マジで? やった、大槻さん、ありがとう!」
薗田も、よかったわね、と、笑みを向ける。
「つかさ、大槻ちゃんと薗田ちゃんの二人で子供つくれば、
遺伝子の濃い子供が産まれるんじゃね?」
「なっ」
「あ、そっかあ、それ、名案」
エンの言葉に、大槻と薗田が思い切り動揺を見せた。
大槻がわざとらしい咳払いをする。
「十六歳にならないと、血液を抜いてはいけないって言う、法律があってだな。
今、ジェーナホルダーが産まれたとして、眷属を持てるのは、十六年後だ。
宇宙移住までに間に合わない。
それに、そんな理由で、こ、子供などと」
「正直に言うと、誰も考えていないわけではないの。
実際、それに近い事を行っている国もある」
薗田君、と制する大槻の声を無視して話を続ける。
「やはり、倫理的に大きな問題があるわ。
生まれるのは、ただ生きているだけで愛され、
庇護されるべき人間の子供なのか、
それとも、道具なのか、兵器なのか。
それに、そんな事が本格的に実行されるとしたら、
大変な目に合うのはロキ君よ?
十七歳の未成年であるという壁が、あなたを守っているというだけ。
一応、頭に置いておいて」
彼女の言葉に、ロキは静かな目で頷いた。