ヴォルケーノ(2)
噴煙の中から、人影が浮かび上がり、近づいてくる。
シルエットは、十二~三歳くらいの少女。
チョコレート色の肌、蛍光オレンジの短いタンクトップと、
腰骨が露わになるほど小さな短パン。
吊り上った大きな目を派手に縁どる長い睫は、彼女を一層勝ち気そうに見せた。
露出した肌には、ペインティングだろうか、タトゥだろうか、赤い模様が走り、
熱せられたマグマの色の長い髪を、ツインテールといわれる結び方で留めている。
腕を組んで、不機嫌そうな目でイフリートを睨んでいる。
「ヴォルケーノです」
囁くようにレヴィが告げた。
『よう、小娘』
水盤からエンの声が聞こえる。
『俺が誰か、わかるな?』
『イフリートでしょ。何しに来たの?』
『即刻鎮まり、活動を停止しろ』
『お断り』
『はあ? てめ、誰に向かって口きいてんだよ』
『さっき言ったじゃない。ばかじゃないの?』
ちゃらけたようなイフリートの声色が変わる。
『溶岩魔人の分際で、言うじゃねえか。
どっちが格上か、わかってんのか?』
『普通で言えば、あんたの方が上かもね。
けど、あんたこそわかってんの? 今の火力、どっちが上か』
『……』
『…………』
エンが水鏡の中で、ふ、っと蔑むような失笑を浮かべて軽く頭を振り、
踵を返して戻ってきた。
展望駐車場の全員の視線が、徐々に近づいてくるエンに集まる。
「だめでした。てへ」
レヴィが、す、と水盤から手を引き出すと、
現れたのと同様に渦を巻いて水が消滅する。
そのままの動作で、ゆっくり、無表情にエンに視線を向けた。
「役立たず」
「んだと、ごるぁ! 俺か? 俺が悪いのか?
普通はな、あいつらは俺の眷属なんだよ。
格下なの。下僕なの。こんなに想定外に火力が低いの、俺のせいなの?」
「ま、まあ、落ち着けって。レヴィも。
エンが実力を出し切れていないのは、俺のせいでもあるし」
間に入って宥めるロキが、あ、と言って一点を見詰めて硬直した。
その視線の先を追い、全員が息をのむ。
熱風がジリジリと肌を焼く。すぐ目の前に、炎と熱気を纏った少女がいた。
「あんたらさ、何しに来たわけ? マジうざいんだけど」
レヴィが熱気を遮るようにロキの前に立つ。
「そなたに、引いてもらいたい」
「あんた、レヴィアタンね。聞いてるよ。ヒトの眷属になったんだって?」
「いかにも」
「今さらヒトの眷属なんて、ちょーうける」
「引く気がないのなら、制圧するまで」
「火山地帯に海を呼ぼうっての? 地の利はこっちにあるんだけど」
「下手に出ていれば、汚泥風情が、不遜な」
「なんですって! 勘違いしてるのはどっちか、思い知らせてやるし!」
ごう、と、一気に放熱量が上昇する。
レヴィが前に立ち、ロキを熱風から守ろうとしてくれているが、
まるで、溶鉱炉の前に立っているよう。
目を開けていられないほどの熱風が吹きつけ、キイン、と耳鳴りがし、
思わず表情を歪めた。
キャンキャン!
不穏な空気を察知したのか、ロキの腕の中で、アキが盛んに吠え立てると、
少女が、はっとそちらを見た。
ロキがアキを黙らせようと、庇うように抱きしめるが、
小さな体で精一杯、呻り続ける。
「おい、アキ」
「ううぅぅ、きゃん、きゃん!」
少女は、すうっと熱を下げてレヴィを押しのけ、ロキの前に立った。
「えええ、何コレ、ちょーキュート! ねえ、なにこれ?」
めろめろに眉を下げてうっとりとアキを見詰める。
「え? えっと、犬だよ。子犬。アキっていうんだけど」
「アキ? えええ、可愛すぎるんだけど!
もこもこー。ふわっふわ。これ、あんたの家族?」
「え、うん、そう。家族」
「いいな、うち、ずっと地面の中で一人でさ。
ああ、かっわいいいいい。アキー」
そういいながら威嚇して吼えまくる子犬に触れようと、ゆっくり手を伸ばす。
アキがその指に、かっと噛みつき、
ロキとヴォルケーノの「あ」という声が重なった。
「おい、アキ、噛んだらダメだろ! ごめん、大丈夫?」
「うち、噛まれたんだけど。嫌われてんの?」
「違うよ、こいつさ、最近甘噛みするようになって、なんでも噛むんだよ」
「だって、なんか、怒ってるじゃん? うち、嫌われてるんだ。
こんな、ウルトラ・キュートな子に、噛まれて」
ヴォルケーノは噛まれた指を抑え、震える声でそういいながらゆっくり後ずさる。
「手、怪我しなかった? おい、アキ、ごめんねしろよ」
「キャンキャンキャン! ううううう」
「いいよ、怒んないで。まだちっちゃいのに、怒ったら可哀想。
うちが嫌われてるのが悪いんだ。うちが」
そういいながらぽろぽろと涙をこぼし、
とうとう、うわああん、と大泣きしながら噴煙に向かって飛び去ってしまった。
アキがロキに甘える、きゅーんという声以外、しんと静まり返っていた。
遠く、森にカッコウの声が木霊する。
ピリリリ、と、いきなり響いた電子音に視線が集まった。
案内の職員が、慌ててポケットからケータイを取り出して通話を始める。
「はい。え、ええ。えっ? あ、はい、わかりました。至急戻ります」
おずおずとケータイを元のように仕舞い、全員の表情を窺う。
「あの、今、連絡がありまして、マグマの活動が沈静化しているそうです。
このままなら、噴火は回避される、と」
気まずい沈黙が降り、エンが、すうっと来た時と同じ青年の姿に変わると、
大槻が大きく息を吐いた。
「帰ろうか」
「え、ええ、そうね」
帰りの車中は、誰もが無言だった。
エン(以下、エ):さて、今回は、初のゲストをお迎えしてお送りしまくり!
レヴィ(以下、レ):我らが主様。拍手。(パチパチ)
ロキ(以下、ロ):いや、お前ら、何やってんの?
エ:何って、眷属君の軽快なトーク?
レ:設定の解説、などを。
ロ:そういうのってさ、主人公がやったりするんじゃないの? なんでお前ら?
エ:主人公って? 俺?
ロ:はあ?
レ:大槻殿?
ロ:また、突っ込むのも微妙な位置の人の名前出て来ちゃったよ。
いわれてみれば、主人公って、大槻さんなのかな。
エ:ま、細けぇこたあ、いいんだよ。ロキは、何か質問とかあったりする?
ロ:んー、あ、今回で言うとさ、魔族の格?
ヴォルケーノより、エンの方が上、とか言ってただろ? そんなのあるの?
エ:お、なかなかいい所に目をつけたね。
魔族は、どっちが上か、厳密に格付けがあるんだ。
場合によって様々なんだけど、大きく分けて二つ。
一つは同じ種族の場合。
現在、レヴィアタンはこの地球上に二匹いる。
ここにいるレヴィと、現海王、海を守護している自然界の海龍。
レ:そのたとえで言うと、ヒトの眷属となった私より、
神の眷属たる現王の方が格上。
もし、主様が「海水を全て干せ」と私に命じたとて、
現王がそれを許さねば、海水は私の意志に従わぬ。
ロ:なるほどー。
エ:もう一個、属性の純度が高い方が格上。
魔族は基本的に、火、水、風、土、
それに光と闇の属性が混ざり合ってできているんだ。
イフリートは純粋に火の属性のみを持つから、火の一族の中では一番格上、
ヴォルケーノは土の属性も混ざっているから、俺より下ってわけ。
レ:けれども、それは一般的な基準に過ぎず、明らかに逆転した力の差がある場合、
格下とされる魔族でも、従わない事もある。
ロ:今回が、それ?
エ:むう、そう。
ロ:レヴィは? 格上の魔族っているの?
レ:私は水属性の魔族だが、土の属性を持つ塩を含む分、
純水を操る、薗田殿のウンディーネの方が格上、だな。
ただ、エンとヴォルケーノの事例と逆で、私の方が圧倒的に能力が高いので、
現状で従うつもりはない。
ロ:へえ、おもしろい。
エ:これからも、「黄昏のエッダ」応援よろしく!
というわけで、今回は、ロキをゲストにお送りしましたっ。
レ:主様、ありがとうございました。
ロ:いやいや、こっちこそ。また呼んでー。
エ:おっけー。では、今日はこの辺で。イフリートのエンと、
レ:海龍レヴィアタン、でした。
ロ:みんなー、続きも読んでねー!