ヴォルケーノ(1)
数日後、招集が掛けられ、モニター室に集合した。
とある地区で火山性微動が観測され、噴火の可能性が出てきたという。
「魔族が関係しているのでしょうか」
「この時期だからな、可能性はあるだろう」
他の地区で魔族が出現する場合も想定しなければならず、
全員が出向くわけにはいかない。
ロキ、大槻、薗田が調査を兼ねて向かう事になった。
全国の主要都市五カ所に特務課の支署が置かれ、その全てに数人ずつ、ジ
ェーナホルダーが配置されている。
今回は、火山の噴火という大規模な災害を予測させる事態だという事と、
ロキの勉強とお披露目を兼ねた出張だった。
「飛行機って初めてなんっすよー。あ、俺パスポートとかないんですけど」
と、鉄板のボケをかましていたロキは、離陸で大はしゃぎし、
今は窓の外の雲海をじっと見ている。
何日の滞在になるかわからないので連れてきたアキが、
専用機の床をちょこちょこと歩き回り、
少し離れた席には、それぞれ、レヴィとエンが座っている。
彼らは大槻達の持つ眷属と違い、「この世界に馴染むため」などと言いながら、
基本的には実体化している。
現地に着いた後の事はすでに説明してある。しばしの憩いの時間。
ゴーという飛行機のエンジン音が、遠く響いている。
と、その穏やかな、眠るような空気の中、アキが、キュウと鳴くと、
いきなりレヴィとエンが驚いたように立ち上がった。
それぞれ書類や書籍に目を通していた大槻と薗田が、びくっと顔をあげ、
大股で主へと歩み寄る眷属たちを目で追う。
ロキは、背もたれに身を預けて寝ているようだった。
レヴィが、そっとロキの右手に触れると、ふと目を開ける。
「ん。え、何?」
寝ぼけて目の淵を赤くしたロキが、自分を見下ろす全員をゆっくりと見回す。
レヴィとエンは、あきらかにほっとした表情を浮かべた。
「いや、なんでもねえよ。寝ているトコ、悪かったな」
エンはそう言い、自分の席へ戻った。
ロキは不審そうに、レヴィに、何かあったの? と問うが、
無言で首を横に振るばかり。
「なんかさ、夢、見てた。誰かと話している夢。誰だったんだっけなあ。
あ、陸。ほら、島が見えてきた」
飛行機の高度は、ずいぶん下がっているようだ。
雲の切れ間からさざ波で煌めく海と、緑色の島がくっきりと見えた。
迎えに来てくれた県庁職員から、現状の報告を受けた。
数か月前から火山性微動が開始、先週、湧水の温度が上昇していることが確認され、
マグマの活動も活発化してきている、との事だった。
多少基礎知識は得てきたものの、専門的な事に関してはよくわからない。
百聞は一見にしかず。できる限り火山に近付き、様子を見る事にした。
広々と整備された道路を走り続け、通行止めのゲートを通り抜ける。
観光用だろうか、見晴らしの良い駐車場で車を止め、周辺を見回す。
山裾の平野には田畑が広がり、集落がある。
大噴火が起きれば、この一帯は火山灰が降り積もり、流れ出た溶岩に埋め尽くされ、
甚大な被害を受ける事となるだろう。
案内の職員が差す先を見ると、中腹から噴煙をあげる山があった。
「あー、ビンゴだわ」
金髪の青年が火山を見上げて少しうれしそうにそう宣言する。
専用機を下りる前、眷属たちはその姿を変えた。
エンは脱色に痛んだような金髪に、褐色の肌、胸元をはだけたシャツを着て、
レヴィは色白で細面、ストレートの無造作に切りそろえた黒髪の、おとなしそうな青年に。
二十代前半のヤンキーと真面目な優等生、といった風に見えるだろう。
「ビンゴって、魔族?」
ロキの問いに、エンとレヴィが頷く。
「今回、私はアキを見ています」
「そうそう。今日は俺様に任せて、海蛇君は見学。アキたんとお留守番」
にやにやするエンを、少しむっとしたようにレヴィが睨む。
どちらかというとレヴィアタンの戦力に期待していた大槻が、狼狽えて訳を聞いた。
「熱せられた溶岩というのは、際限なくどこまでも熱い。
充分に熱した鉄板に水を落としたらどうなるか。
瞬時に熱湯となり、激しく周辺に飛び散る。
熱湯と高熱の蒸気で、周辺への重篤な影響が懸念される。
まして、私が操れるのは海水。見たところ、付近は農作地帯。
塩害で作物への影響も予想できる。
被害の拡大を抑えるため、この一帯を海底に沈める必要があるのなら、
いつでも」
レヴィの説明に、納得せざるを得ない。彼の助力は最終手段だ。
「我々に、できることは?」
「あの山にいるのは、溶岩のジン、ヴォルケーノ。
あんたらの眷属じゃ、一瞬で消し飛ばされるよ。
と、いうわけで、マグマや噴煙の害を抑えたかったら、
元から断つのが一番確実で安全ってわけ」
「そんな事、できるの?」
ロキの不安そうな声に、エンが、もっちろーん、と、胸を反らせて請け負う。
「ちょっと話して黙らせてくるわ」
そういうと、すうっと元のイフリートの姿になって空へ駈け上っていく。
案内の職員の、びくっとして呆気にとられた表情に、軽く同情が湧く。
「大丈夫かな」
「主様、こちらへ」
揚々と遠ざかっていくエンの背中をみてそうつぶやくロキにレヴィが声を掛け、
傍らに立たせて抱いていたアキを預ける。
右の手のひらを地面に向けて差し出すと、その下の空間にさあっと渦を巻いて水面が現れた。
全員が、その水の輪の周辺に立つ。
直径五十cmほどの水のレンズができあがり、その水面が穏やかに静まると、
レヴィが右手をそっと差し入れた。
やがて水が半透明になり、ぼんやりとオレンジ色の影が浮かび上がる。
影は徐々にその輪郭を鮮明にしていく。不敵な笑みを浮かべる、イフリートの姿。
レヴィは、驚いて自らを見る主に、笑みを返して水面に注視する。
「すっげー、こんな事もできるんだ? 便利」
「やつの証を預かっていますから」
へー、と無邪気に感心しながら、抱いているアキにも水面を覗かせてやっている。
ほどなく、水盤にエンの視界に映る景色が見えてきた。
エン(以下・エ):今回は、ヴォルケーノが出てきたね。
レヴィ(以下・レ):溶岩魔人は絶大な力を持つ魔族。さて、どうなるのか。
エ:ヴォルケーノの実体とかは次回、いろいろ明らかになるとして、
今日は証について話そうかな、と。
レ:ああ、ヒトには馴染みがないらしいな。
エ:証っていうのは、まあ、なんつうか、分身、ちっちゃい自分、って感じかな。
証の置いてある場所の周辺の景色を見たり、音を聞いたりできる。
レ:逆に、今回のように、他の者の証を預かっていれば、
その者の見た景色を媒体に映し出す事もできる。
エ:その場合、こっちからの許可がいるけどね、つまり、証を預けるっていうのは、
ある意味、プライバシーを曝してもいいよ、って意味もあって、
余程信頼しているような場合じゃないと預けない、大事なもんなんだよね。
レ:魔族は、渡した本人以外に証に触れられるのを嫌う。
ヒトも、親しくもない者にベタベタ触れられるのを不快に感じるというし、
その感覚は想像していただけるかな。
エ:そうだな、関係ないヤツが勝手に証に触れるのは、かなり無礼な振る舞いだし、
それが元で、証を返却、というか、魔族から取り上げられるのが普通だな。
レ:……。
エ:どした?
レ:いや、ずい分あっさりと私に証を預けてくれたものだから、
エンの一族では、もっと証の扱いが軽いものなのかと思っていた。
エ:そんなつもりはねえよ。
同じ主に仕える眷属同士だし、海龍一族なら証を軽く扱ったりしねえだろ。
レ:あ、ああ、そうだな、すまん。
エ:ちょ、おま、何照れてんの? こっちがハズいんだけど。
レ:べ、別に照れてなど! 我が一族の歴々たる振る舞いを以ってすれば、
他魔族の証を預かるほどの信頼を得るなど、当然なわけで!
エ:わかった、わかったよ。もうツンデレはいいから。
そんなこんなで、今日はここまで。イフリートのエンと、
レ:海龍、レヴィアタン、でした。
その、つんでれ、とか、以前も言われたが、一体?
エ:ぶふーっ、自分で調べろ。