邁進
彼らは、早速翌日から行動を開始した。
ロキは与えられたパソコンや本に没頭し、
エンから、陽にあたれ、運動しろと喧しく忠告を受けた。
そんなエンとレヴィも、日本の領海ぎりぎりのところにある無人島を貸し与えられ、
自らの力量を確かめる事になった。
地図を示し、移動手段を提案すると、移動は自分たちでできるから問題ないという。
「こいつは海水が通じているところだったらどこでも移動できるし、
俺の証を持って行ってもらう。
俺もこいつも、ロキの召喚にはすぐに応じられるから、
用があったら呼んで」
「証?」
エンがいうのには、自らの体の一部や、
証という、自らの分身のような物が決置いてある場所だったら、
それを目標に一瞬で移動できるという。
「便利なもんだな」
「今は覚醒レベルも低いし、そうたくさん証はつくれない。
マークできるのはいいとこ三か所くらいだけどね」
そういって肩をすくめる。
大槻から見ると、彼らの時間は、マイペースに進んでいた。
今は、そうしてもらっているのがありがたい。彼らに構っている時間はなかった。
しなければならない事、考え、決定しなければならない事が嫌というほどあった。
報道規制が解除されてから、慌ただしい日々が二日ほど過ぎた。
日本人というのは、どれだけ我慢強く、和を優先する民族なのだろうと思う。
懸念されていたほどの混乱も生じず、日常生活が続けられている。
人々は学校に、会社に通い、スーパーや商店街も店を開けている。
もちろん、慌てたところでどうにもできるわけではない。これは、諦めなのかもしれない。
ロキの眷属たちは戻ってくると、いつでも戦闘に参加して大丈夫だと胸を張った。
とはいっても、エンはいつでも尊大なくらい自信過剰に見えたし、
レヴィはエンの言葉に無表情に頷いただけ。
吉井が二人に念を押す。
「本当に制御に不安がない、といえるのか?」
「だーいじょうぶだって。俺らはさ、ウソはつかないの。
自信がなければそういうよ。この前の時だってそういったし。な?」
エンの言葉に、レヴィとロキが頷く。
エンの力は未知数だし、本人いわく、持っている力の三~四%しか使えないという。
が、レヴィアタンの力は、各国を蹂躙した大渦でその程度が知れた。
敵に回れば絶望的だが、あの力が味方に付くとなると、かなり心強い。
「あのさ、大槻さん、俺、この本で見たんだけど」
ロキがそういって一冊の本を差し出した。開いたページを覗き込んで、軽く驚く。
「大槻さんの風イタチって、これじゃないかと思うんだ。
ほらね、カマイタチ。
卵の置いてあったところに、よく似たのが後二匹いたんだよ。
こげ茶で手が刃物みたいになっているのと、
ベージュっぽい色の、おとなしそうなのが」
本を受け取って、挿絵と本文を読む。
カマイタチ。風を起こし転ばせる者と、刃物で切り裂く者、その傷に薬を塗る者。
突風などの後できる、その大きさのわりに出血がない傷を、鎌鼬に切られた、という。
確かに、この一匹目、風を起こすというものは、大槻の風イタチによく似ている。
傍らに立つ気配に顔をあげると、首をかしげたエンが覗き込んでいた。
「ふうん、だったら、三匹とも眷属にすれば?」
「分散しない方が、いいのでは?」
「こういうやつらは、ある意味例外。
確かに、一匹ずつの成長は 遅れがちになるかも知れねえけど、
三匹そろって一匹分っていうか、セットになると、相乗効果があるタイプ。
自分たちで勝手に連携して役割分担するから、主が混乱する事もまずないはず。
血をやる時も、三匹の前に出すだけで、バランスとって育っていくと思うよ」
大槻が吉井を見ると、頷いて、
「谷城君、彼にその卵を教えてやってくれ」
と、言った。
大槻は、その日の午後には眷属を増やした。
はじめからいた、体長五十cmほどの、白銀の被毛を持つ、細くしなやかな風イタチ。
二匹目は、体長一mほど、黒い差毛の入った濃茶の硬い毛質、鋭い眼に、
筋肉質の体躯、両手は刃渡り五十cm弱程の鎌状の刃物になっている。
三匹目は、ロキの言っていた通り、どこか穏やかで優しい顔をしている。
体長三十cmあるかどうかの、クリーム色のふわふわと柔らかい毛質。
三匹はうれしそうに跳ね回って、休憩室の電気スタンドを切り裂いて破壊し、
大槻に怒られて、並んで気まずそうにしゅんとした。