解除
ここへ来てから繰り返されてきたいつも通りの朝を迎え、
ミーティング室へ集合した。
入室した者は全員、朝の挨拶をする事もできずに、呆然とモニターをみつめていた。
いくつかに分割された画面には、どれも報道特番が映し出されている。
最初に口を開いたのは吉井だった。
「まずは、昨夜の東京駅の出動、ご苦労だった。
見ての通りだが、報道規制が解かれた。
時間はまだ報告を受けていないが、
午前のうちには政府からの正式な発表があるだろう。
昨夜の被害状況だが、死亡者十二名、負傷者百五十八名、
うち、重体者が二十六名」
ミーティングは、そのまま会議となった。
やがて音声が切り替わり、モニターにはニュースでよく見る顔が映った。
官房長官と防衛大臣、環境大臣が並び、魔獣の存在や、
ロキの街で起きた地震について、月や火星に移住する計画などが語られた。
記者から質問が浴びせられる。
「総理は?」
「現地を視察中です」
「今回の対応に問題は? 被害者への保証は?」
そんなやり取りは、ロキにはどこか滑稽に見えた。
何を言っているんだろう。
国民は、本当にそんな事を知りたがっているのだろうか、と。
「状況は、一気に変わった。
また今回のように、いきなりどこかが襲撃される可能性も否定はできない。
魔獣の存在がオープンになった事が吉と出るか、凶と出るかはまだ不明だが、
しばらくは混乱が続くだろう。
我々は、我々のできる事、するべき事を全力で果たそう」
吉井の言葉の後、さらに続く話し合いの中、
ロキの意識だけはその場を離れた所にあった。
大槻が昼食のトレイを持ってロキの部屋を訪れたのは、
午後遅くになってからだった。
「会議、長引いちゃったな。
すまないが、部屋を移る手配も、しばらく待って欲しい」
「謝る事じゃねえだろ。ロキ、ほら食えよ」
トレイを受け取って主へ運ぶエンが、言葉に同情を込めてそう応えた。
エンが目の前に食事を置いても、
ぼうっと視線を落とすばかりで手を付けようとしない。
「大槻さん」
思い切ったように顔をあげ、声を掛ける。
その声の強さに、居住まいを正して目を合わせる。
「俺さ、勉強したいんだけど。
コイツ等の事も、あいつ等の事ももっとちゃんと知りたい。
それと、こいつ等に思いっきり力を出せる場所を貸してもらえないかな。
今の自分の力と、それをコントロールする事を覚えてもらいたい。
力の加減ができるようになれば、俺も手伝えるんでしょ?」
「吉井さんに相談して、なんとかしよう。
レヴィ君の癒しの力というのは、どういったものなのか、
教えてもらいたいんだが」
レヴィは無表情に視線を逸らす。
ロキが、教えて、と声を掛けると、ゆっくり頷いて大槻へ向き直った。
「我が一族は、癒しに特化しているわけではない。
あれは、深海のミネラルの豊富な層の水を、成分調整し精製したもの。
傷の殺菌と、体組織の補修の手助けをする。
外気に触れたままというよりは、治癒が早まる。
どの程度、というのは、種族によっても違うし、確約はできない。
が、雷獣が己の舌で確認して受け入れたという事は、
効果があると思ってもらっていい。
自ら進んで入ったのだし、不都合を感じれば、自ら出てくるだろう」
「なるほど、深層水か」
「ま、勉強もいいけど、ロキはとりあえず食え。
昨日からほとんど食ってねえだろ」
「そうなのか?」
「えっと。夕食も途中になっちゃったし」
それであの惨劇を目の当たりにしては、食欲が落ちるのも当然かもしれない。
「ちっとはアキを見習え。腹が減っては戦はできぬっていうだろ」
エンがそう言ってボールにじゃれて遊んでいる子犬を示す。
薗田が着けたという、首輪代わりの赤いハンカチが良く似合う。
ここに来てからまだ数日しかたっていないのに、丸々太って一回り大きくなったように見える。
「アキって名前にしたのか」
「うん。ハルばあちゃんが飼っていた、ナツの子供だから。
もう一匹は、死んじゃったけど、フユって名前にした」
「いい名前だなあ。ロキ君は、名付けのセンスがある。
いい名前をもらって、よかったな、アキ」
大槻がそういってしゃがんで子犬の頭を撫でると、
ロキはその日初めて笑顔を見せた。