羅刹
集中モニター室に駆けつけると、すでに数人が集合していた。
モニターに映された映像に、誰もが息をのむ。
見慣れた赤いレンガ造りの建物の前を逃げ惑う人々。
その合間に、街灯やガードレールをなぎ倒し、引き抜き、
振り回す数体の化け物の姿。
身長は目算で三mほど、白く薄汚れた髪を振り乱し、
吊り上った大きな目を爛々と輝かせ、耳まで裂けた口を開けている。
ブン、と、街灯が振り下ろされ、
数人、有り得ない形に歪んだ人間が血飛沫と共に宙を舞う。
「被害状況は?」
「場所は東京駅、丸の内中央口前。
空間の異常が感知されなかったため、避難指示は出ていません。
確認された個体数は六。詳しい被害状況は、現在確認中」
「なぜ、いきなりこんな事に」
薗田が呆然とした声で言った。
これまで、魔獣が出現する前には、常に特定の空間の変化が感知されていた。
レヴィアタン以前は、小型のものばかりだったし、出現場所も、比較的地方で、
民間人に目撃されたという報告は、数例だけだった。
それが、何の前触れもなくこんな都心に出現し、人を襲うなど。
「音声は出せるか?」
「はい」
途端に室内を満たす人々の悲鳴、子供の泣き声、化け物の低く唸るような咆哮、
破壊音。
画面の端で、車が爆発、炎上する。
警察官が行く手に立ちふさがり、銃を構える。
タンタン、と、乾いた音が響き、化け物に薙ぎ払われてぐしゃりと潰れた。
「谷城君」
廊下へ飛び出していくジェーナホルダー達を追おうとしていたロキを、
吉井が呼び止める。
「君はここで、彼らの戦いぶりを見ているように」
「けど!」
「君の眷属は能力がまだ把握できていない。
未知数の力を、この人混みの中で使わせるわけにはいかない」
ロキとて戦い方などわからなかった。眷属二人を制御する自信もない。
もし、人を傷つけてしまったら。その思いに、その場にとどまるしかなかった。
ここにはどれだけの人間がいるのだろう。逃げ惑う人々の列は途切れない。
立ち止まり、ケータイを向けていた若者が、
別方向から殴られ、噴水のように血を噴き上げて膝から崩れ落ちる。
思わず目を逸らすロキの背に、そっと手が触れた。
飛び上がるほど驚いて振り向くと、
レヴィの端正な横顔がモニターを見あげている。
その背後には、腕を組んで立つ、エン。
「レヴィ、こいつら、何?」
囁くようなロキの問いに、小さく首を横に振って応える。
わからない、という事だろう。
「エン」
「詳しくは、知らない。多分、羅刹ってやつだと思う」
「らせつ。エン、こいつら、倒せる?」
瞠目してわずかに顔を伏せ、再び主の顔を見る。
「わからん。
いや、実際、力の差で言ったら、こいつらはザコ。多分、余裕で倒せる。
けど、自分の火力が把握できていない。
周りの奴らを無傷のまま、
コイツだけ殲滅しろ、って期待には、応えられない。
正直、俺は有り得ないくらいの最低基準で存在している。
想定外なんだよ」
「レヴィ、は?」
「ヤツの意見とほぼ同様。
私は自分の力は把握しているが、陸上での実戦経験も、敵の情報もない。
直径数百メートルの範囲を更地にしてもよいというのなら、
不可能ではない」
ロキは気づいた。
彼らは明言していないが、眷属と敵の能力、
戦闘方法などの情報が不足しているのは、ロキ自身だ。
眷属を使役する主自身に知識がないから、彼らが自信を持って動けないのだ、と。
室内は現場から送られてくる破壊音や悲鳴の他、
状況を確認し合う、怒号にも似た叫びが飛び交っている。
慌ただしいやり取りを遠く聞きながら、三人は並んでモニターを見詰めていた。