衝突
「てかさ」
ロキのおずおずと、どこか憮然とした言い方に視線が集まる。
「二体目が危ない、なんて、今初めて聞いたけど。
コイツの話では、結局誤解だったみたいだけどさ。
俺、コイツに食い殺されていたかも知れなかったし」
「確かに、一体だけなら絶対に安全、という保証もなかった。
けれど、その暴走の事故だって、一件きりで」
「違うよ、二体目は危ない、って事だったんだろ?」
大槻の説明と、ロキの主張がかみ合わなくて一瞬沈黙がその場を包む。
はっとして動いたのは、ロキの隣に座っていたイフリート。
席を蹴るように立ち上がると、抵抗する主を抑えつけて服を脱がせ始めた。
「ちょ、おい、なにすんだよ、やめろよ、ド変態!」
「くっそ、どこだ?」
暴れるロキに構わず、上着をまくり上げて素早く視線を動かし、両腕を確認し、
ひっくり返して背中と腰を露わにし、再度仰向けにして、
唐突にぴたりと動きを止めた。
魔人の見下ろす先には、水色に透けるプラスチック状の涙型のプレート。
「てめ、なんだよこれ、話しが違うだろ!
俺が初めての男だったんじゃねえのかよ!」
「妙な誤解を招くような言い方すんな! なんだよ、初めての男って」
周囲が、ざわ、と彼らを取り囲む。
「先に契約しているやつがいるなんて聞いてないぞ」
「別に聞かれてないだろ。俺だってそんなの、ダメなんて知らないし」
「だいたい、これ、シーサーペントじゃねえかよ」
「はあ? そんなんじゃねえよ。何、勝手に決めつけてんだよ」
「え、違うの? うわ、俺、間違えた? やっべ、恥ずかしー」
「ったくよー、ドヤ顔で偉そうに。これは、海から出てきた竜だから」
「……てめえがふざけんな。それをシーサーペントっていうんだよ!」
「まじで? そんな名前言ってなかったぞ? えっとー」
サアアという音と共に、霧の渦が発生し、ロキの傍らに水色の長髪の青年が現れた。
「呼ばれて飛び出て、主様、ごきげんよう。
あなたの第一眷属、レヴィアタンです」
「そうそう、レヴィ。ほら、な? シーサーじゃないだろ」
胸に手をあて、恭しくロキに頭を下げる青年の前に、褐色の青年がゆらりと立つ。
頭一つ分背が高く、水色の青年を軽く見下す形になった。
「でやがったな、海蛇野郎。何が第一眷属だよ。
先にいるのに黙ってこそこそしやがって」
「こそこそとは心外な。そちらこそ、第二位として挨拶があってしかるべきでは?」
「貴様、あの海龍か……!」
声を掛けたのは、輪の外に立ってみていた、菅原。
水色の青年は、ちらりと一瞬声の主へ視線を向け、
ぷいと明後日の方を向いて無視を決め込んだ。
菅原は、ずい、と前へ出て、青年の視線の先に割り込んで仁王立ちになった。
「おい、聞いているのか? 貴様、よくも」
菅原が肩を掴もうと手を伸ばすと、水色の青年はその気配を感じたのか、
さっと左腕を振ると、
パシャーンという音と共に、菅原は後ろに吹き飛んだ。
尻餅をついてぽかんと見上げる彼の白衣も髪も、
ぐっしょり濡れて水をしたたらせている。
「き、さまあ!」
立ち上がろうとして足元を滑らせ、もたつく菅原に、
イフリートが呆れたため息を吐く。
「あのさ、無駄だよ。
コイツ等、シーサーペントの一族は、やったらプライドが高いの。
魔族と主以外の奴となんて、そうそう話したりしないから。
辞めといた方がいいよ」
「あろう事か主にまで無礼な振る舞いの数々。なんと不躾な」
そっぽを向きながら独り言のようにいう水色の青年の姿が、
そのまま、すうっと消える。
視線は、一斉にロキに集まった。駆け寄った菅原が、ロキの肩を掴む。
「おい、あの海龍を出せ!」
「スガワラさん、シャワーは服、脱いでから浴びた方がいいっすよ。
それと、俺まで濡れるんで、離してもらえます?」
なおもいきり立つ菅原は、他の者たちに抑えられて輪の外に下がった。
立ち上がって衣服を直すロキに、大槻が近づいて声を掛ける。
「さっきのは、あの時の海龍なのか? 契約を結んだっていうのは」
「そうだけど」
「なぜ、言わなかったんだ」
「えー、別に聞かれなかったし。関係ないと思ったし」
大槻も他のメンバーも、脱力してがっくりと肩を落とした。