情報
会議室には特務課の主要メンバー全員が集められていた。
中央辺りの席には、ロキとその新しい眷属、イフリート。
この火焔魔人は、どういうわけかやたらと気安くて拍子抜けする。
「魔人との出会いって、焼けただれた戦場とか、洞窟の奥深くとかが普通じゃね?
なんなの、このこざっぱりした部屋。テンション下がるわー」
「あー、そっかあ、なんか感動が薄いっていうか、
こんなもんかなって感じしたんだよね。
イマイチ盛り上がらないっていうか。舞台背景の効果、大きいなあ」
イフリートは会議室の椅子に座り、隣のロキとそんな話で盛り上がっている。
早くも二人は仲良しだ。
吉井が大きく咳払いをする。
「で、だ。イフリート。質問に答えてもらう」
「あ? てめ、誰だよ。何、勝手に呼び捨てにしてんの?
焼くよ? コンガリいっちゃうよ?」
「まあまま、答えてやってよ。俺もいろいろ知りたいし」
執り成すロキをちらっとみて、不服そうに腕を組んで背もたれに寄りかかる。
「今まで、人語を話す使い魔の報告はない。
君は、特殊な存在、というわけか?」
「そんな事はないはずだけど。
口の形状の問題で、発音が難しいやつはいるだろうけど、
少なくとも、自分の主と意志の疎通はできるのが普通」
微かに風が起き、大槻が風イタチを出してイフリートに示す。
「こいつも、か?」
「どれどれ。ああ、これはあれだ、情報不足」
「情報不足?」
魔人はイタチのおでこを指先で撫でながら頷く。
「俺らはさ、主の情報を得て覚醒を続けていくの。
主の持っている情報が、パズルのピースみたいになっていて、
それが当てはまった部分が、なんていうのかな、
どんどんスイッチを押していく? ゲージが上がるとレベルが上がる?
そういう事。通じる? ここまでOK?
だから、俺たちは持っている能力の100%までは覚醒しない。
主の持っている、カギ? ピース? との適合率が、最高覚醒数値ってわけ。
これは、相性だね。
こいつは、主の情報が少なすぎて、基本的なレベルまでしか覚醒していない。
生まれたばっかりで生きているのがやっと、目だけ覚めているって状態。
だから、話せない」
「この子は?」
薗田の出したオンディーヌをじっとみて言葉を続ける。
「おー、ウンディーネ。いいの引いたね。こいつも情報不足。
レベルが上がればもっとでかくなるし、人らしくなるし、俺程度には話せるよ」
「その不足している情報は、どうやって補う事ができる?」
「血をやることだね。てか、あんたら、そんな事も知らないの?
ちょっとこっちからも質問させてもらいたいんだけど。ロキの血も薄い。
得た血液のわりに、遺伝子情報が少なすぎる。何が起きているんだ?」
「彼らは、ジェーナホルダー、神の遺伝子を継ぐ者、だ。
君の主は、DNAの17%以上が神の遺伝子と呼ばれるものだが、
他の者は、せいぜい0.1%前後」
淡々と話す吉井から、すっと視線を逸らして、なるほどね、とため息を吐く。
「俺が封じられてから、ずいぶんと時間が経っているらしい、って事はわかった」
「血液を与え続ければ、強くなる?」
「能力の覚醒は、それで進む。それと、やっぱり実戦経験。
あとは、主の意識の問題」
「意識とは?」
「俺たちは、主と、精神の一部が繋がっている。
言葉にしなくても、意志が伝わる。
精神状態、簡単な言い方をすれば、やる気みたいなもので行動が変わる。
武道に通じている主であれば、こちらも呼応する。
体の反応が良くなるし、
やだなー、やりたくないなって思っていれば、動きが悪くなる」
「じゃあさ、俺ももっと、あんたに血をやり続けた方がいいの?
二匹目はオルトロス、もらいたかったんだけど」
「ロキの場合、血液は、抜けても週に百か二百ccがやっとだと思う。
だとしたら、俺のレベルがある程度上がるまで分散しない方がいい。
ロキの持っていた情報で例えるよ?
相撲取り一人を、子供達十人くらいで囲む。
相撲取りは負けない。個体の戦力が違い過ぎるから。
子供十人を作るより、相撲取りをひとり作った方がいい。そういう事」
「この風イタチに、ロキの血液を与える、という方法は?」
「だめだね。あんたの情報に、ロキの情報が上書きされるだけ。
そいつはロキの眷属になる」
「けれど、私たちが持てるのは、一人、一匹の魔獣だけ、でしょう?」
薗田の言葉に、他の者たちも頷く。
「いや、そんな事はない。
慣れないと混乱するだろうけどね、うまく切り替えられれば、上限はない」
「え、しかし、実際」
驚き、言いよどむ大槻の言葉を、吉井が引き継ぐ。
「以前、二匹の妖魔を使役する者がいた。ジェーナの保有率は0.5%弱。
私たちにとっては高い数値だ。
彼は戦闘中、暴走した自分の魔獣二匹に食い殺された。
それ以降、従属させる妖魔は一匹に限るというのが、常識になっている」
「はああ? いやいやいやいや、ないって。
それはないよ。自分の主を喰う、なんて」
赤銅の髪の青年はそういって否定してから、場の空気に沈黙し、しばし考え込んだ。
「うーん、実際、そういう事が起こっちゃったって言うのなら。なんでだろ。
考えられるのは、そいつが、やな奴だった、とか?」
ちらりと周囲を窺うと、目が合いそうになった数人が気まずそうに視線を逸らす。
「ほとんど覚醒していない魔獣二匹を戦場に出す。
操る方も慣れていなくて混乱する。
得ている情報数が少なくて、主との繋がりも最低限で、薄い。
一匹に集中すれば、もう一匹が疎かになる。混乱は焦りを呼ぶ。
主は追い詰められ、どんな手を使ってもいいから動け、
言う事を聞け、って精神状態になる。
それで、魔獣が覚醒している能力以上の事を強要したとする。
魔獣はそれに応えようとする、が、できない。覚醒していないんだから当たり前。
で、どうするって、暴走のままに覚醒しようとする。
主の血肉を食らうしかない。
言っておくけど、こんな事、普通はあり得ないよ?
ある程度覚醒しているやつらなら、理性も育っているはずだし。
だいたい、遺伝子の中の有益なカギの保有率が、
ゼロテン何%だのなんて、焼け石に水。
さっき見せてもらったイタチも、ウンディーネも、人語すら話せないレベル。
無理なストレスで視野が狭まり、
野生化した状態じゃ、絶対ないとは言えないかなあ。
主の情報に飢え、自分自身がもどかしくって辛かっただろうな、可哀想に。
まあ、自分の魔獣に少しでも思いやりがある主だったら、
そんなストレスは掛けない。
あくまでも、予測だけどね」
「もし、私があなたを目覚めさせていたとしたら、こんな風には話せない?」
「だね、こぶし大くらいの火の玉、ってところじゃない?」
「今回、君には谷城君の三百ccの血液を与えてある。
後どの程度与えれば上限に達する?」
「それはね、ちょっと難しいところ。
どんなシステムなのかは、俺も、実際のところはわからない。
ロキのカギの保有率は十七%、って言っていただろ?
で、俺の覚醒率は、いいとこ三~四%。
また同じ量の血をもらったとして、
さらに同じだけ覚醒するかって言うとそうじゃない。
地道に続けていくしかないね」
しん、とした部屋に、吉井の、なるほど、というかすれた声が響いた。