イフリート
大槻、薗田、季実の三人は、そのまま医局に移動した。
相も変わらず、菅原が不機嫌そうな表情を隠しもせずに季実を迎えた。
「これを、頼む」
「こんなやつの卵を孵して、大丈夫なんですか?」
大槻から容器を受け取って、じろりと睨みながら棘のある言葉を掛ける。
「なんだろうなー、別に俺が産んだ卵じゃないし。
てか、むかつく奴がいるわ、ここに、俺、なんか嫌いな奴いるわー」
「谷城君」
ぷいっとそっぽを向いて、わざとらしく大声で独り言のように言う季実を、
大槻が制す。
困ったように菅原を見ると、
手の中の容器を握りつぶす勢いで季実を睨みつけていたが、
大槻の視線を感じて、嫌々というように作業に取り掛かる。
パウチされた袋に入れられているのは、午前中に季実から採取された血液だろう。
手慣れた様子で容器に緋色の液体が満たされていく。
その不透明な液体の中で、光が生まれた。
ビーカーの中で、液体の上面の線がすーっと下がっていく。嵩が、減っている。
やがてその流れは渦を巻き、くるくると小さな球体に吸い込まれ、
渦の中心から光が差す。
ほぼ空になったビーカーの中で、ふわりと光が浮いた。
それはそのまま宙に浮き、大きく膨らんで床面に下りた。
光が収縮し、実体が明らかになっていく。
その光景を初めてみる季実も、他の全員も、息をのんだ。
サフランゴールドの肌、燃え立つクセの強い長い髪、金色の強い双眸。
尖った大きな耳には、ずらりとピアスが並び、
肩から布を垂らし、腰に巻きつけた衣装は、不動明王を連想させる。
頭の両脇に捻じれた大角。不敵そうな笑み。
見た目だけで年齢を判断すれば二十歳前後、身長190cmを超す、燃えさかる男。
「よーやく出られた。おう、お前が主か。お前、なかなか見る目があるな。
我は火焔のジン、イフリート」
「ね、なんか暑苦しいでしょ?」
「おい、せっかく自己紹介してんだから、聞けよ」
「え、ああ、ちゃんと聞いてたって。えっと、エンジン君だっけ」
「いきなり聞いてねえだろ。火焔よ、か・え・ん。
火のジン、ジンって言うのは、魔人。な?
火の魔人のイフリート。OK?
なんなんだよ、失礼しちゃう。第一印象大事よ?
最近の若い者はご挨拶もアレ系?
今、背後で荘厳な音楽とか流れそうな超見せ場だったんだけど、台無しじゃね?」
「いや、ごめんって。イフリートね。俺はロキ、よろしく」
「へー、北欧巨人族系?」
「なにそれ。意味わかんない」
「えっ? ロキって言ったべ?」
「ロキっていうのは、彼の呼び名で、北欧神話の神とは、別人で」
おずおずと大槻が言葉をはさむと、薗田もその後に続く。
「君、人の言葉が話せるの? 日本語?」
「え? ああ、主の情報を吸収しているから。
影響されている部分は大きいね。
だいたい、話せないと不便っしょ?」
大槻が顔色を変えて身を乗り出す。
「君、いろいろ話を聞かせてくれないか?」
「おう、いいよ。ずっと引きこもっていたし、会話に飢えているんだよね。
俺ってほら、こう見えて寂しがり屋っしょ? あ、いいよね? 主」
「うん。てか、ヌシってやめてよ。ロキでいいよ。
できたら、大槻さんもね。谷城君って、
なんか先生に呼ばれているみたいで落ち着かないし」
ロキと魔人以外の医局にいた全員が、混乱しつつ周囲を取り巻いていた。
エン(以下 エ):やっと出番きたあああああぁぁぁん!
オレ様、超・イケメン!!
レヴィ(以下 レ):今回は、魔人について話したらどうだ?
エ:あのさ、なに淡々と進行しようとしているわけ?
もうちょっと盛り上げようよ。
レ:人型をとる魔族の事を、一般的に魔人と呼ぶ。
高い魔力を持つ場合がほとんどだな。
エ:俺の登場の盛り上がりは完全スルー。
レ:四大精霊、今回登場した火属性のイフリート、
薗田女史の眷属、水属性のウンディーネ、
地属性のノーム、風属性のシルフが代表的だな。
エ:ま、いいや、うん、そう。
後にも出てくるけれど、魔族には格ってもんがある。
上下関係が厳密に決められているんだよね。
人型の魔族は、だいたい格が高い。
難しい事はないんだけど、この辺は、後でちゃんと説明しよう。
ちなみに、レヴィ君は魔人ではない。
レ:主様にお仕えする都合上人型を採る事が多いが、海龍だからな。
エ:レヴィ君は、魔人ではない。
レ:何が言いたい?
エ:では、次回、「エン君大活躍の巻」乞うご期待!!
今回初登場、イケメン・イフリートのエンと、
レ:海龍、レヴィアタンでした。
こんな終わり方でいいのか。
エ:初登場の盛り上がりをスルーしたお返し。
レ:お返しといわれても、なんのダメージも被っていないが。
エ:えっ。