従魔(2)
「谷城君、我々は」
大槻は、己の失態を認めないわけにはいかなかった。
吉井の言葉に感じた不快感を消化しておかなかったために、
季実の指摘に動揺してしまった。
衝撃を隠すより先に、一瞬、瞳が揺れてしまったのに気付かれた。
季実に見つめられた薗田は、あからさまに視線を逸らした。
これでは、肯定したのも同様。
季実はさらに追い打ちをかける。
「どうせ、こうやって話しているのだって、外に筒抜けなんでしょ?」
扱いやすい子供だ、などと。どういう態度に出れば、彼を引き込める?
大槻が逡巡しているのをみて、季実がふいに吹き出す。
「ああ、ごめん、いじわるしようと思ったんじゃないんだ。
それくらいの事をわかって、
覚悟した上でやるって言ったんだよって言いたかったの。
あれでしょ、大槻さんも薗田さんもさ、
俺の事心配してくれているんだよね?
どっかの偉い人に殺されちゃうかもって。二人ともいい人そうだし」
穏やかな表情で俯く彼に、安堵と混乱が入り混じる。
「貸してよ、それ。どうすればいいの? 血を注ぐんだっけ?
だーいじょうぶだって。もし、なんかあっても恨んだりしないから。
俺さ、信用されてなかったり、真っ先に疑われたりすんの、慣れているし。
お行儀よく、は、無理かもしんないけどさ。ほら、お里が知れるってやつ?
それでも、やるって言ったら、一応ちゃんとやろうとするよ。
人一倍ちゃんとしないとさ、信用してもらえないヒトだから」
あっけらかんと笑いながら、ん、と言って手を大槻に向かって差し出す。
「いや、もう、何もしてもらう事はないんだ。すでに採取してある血液を使うから。
一応、説明をして了解をもらおう、と思ってね」
「あ、そう? ご丁寧に、どうも」
大槻がことり、と、手の中にあったガラスの容器をテーブルに置く。
と、季実が静かに席を立ち、部屋の隅の方へ移動して二人を手招きして呼んだ。
大槻と薗田は顔を見合わせ、なぜか季実を真似て少し足音を忍ばせ、
そちらへ向かう。
「あのさ」
ちらりと机の上の容器を見て、声をひそめて囁く。
「卵って、他のないの?」
「他の?」
「うん。できたら、あれじゃないのがいいんだけど」
「え、なんで?」
「だってさ、めっちゃ暗そうだし。俺、ああいうタイプ、絶対合わないよ」
季実の言葉に、大槻と薗田は不審そうに顔を見合わせた。
「暗そう、って?」
「顔とか灰色だし、目の下のクマすげえし、髪とかコンブみたいだし、
爪噛んでぶつぶつ言っててさ、マジきめえよ。
俺、あんなのがずっといたら、絶対ウツになるって。
大槻さんのみたいな、動物的なのいないの?」
大槻も薗田も、目を見開いて再び卵の入った容器を見る。
特に変わった様子はない。季実の言っているようなものは、見えない。
「今言ったようなものが、いるのか?」
「え? あの、卵の上あたりにさ、このくらいの大きさの。
なんだろ、ユウレイみたいなやつだよ?」
そういって両手で、野球ボールくらいの球体を作る。
「ちょ、こっちみてニヤってしたよ。うあ、マジこええ。
いや、あれじゃないとだめっていうなら、やっぱちょっと考えたいわ、俺」
季実と顎に手をあてて考え込む大槻を、薗田が交互に見る。
「わかった。一緒に来てくれ」
「え、大槻さん、まさか」
大槻は卵の入った容器を手に取り、小さな驚愕を含んだ声をあげる薗田と共に、
三人で廊下に出た。