誤算
ソウシは、手始めに、小物の妖魔を実体化させ、ヒトを襲わせた。
最初の誤算は、卵とジェーナホルダーの存在、使い方を、伝承している一族がいた事だった。ソウシが想定していた時期より早く、ヒトは眷属を持ち始めた。慣れながらEARTHのルールを理解しようとしていたが、のんびりしていられなくなった。
計画を急がせるために、予定より早く、最強の魔獣と言われる、レヴィアタンを実体化させた。が、制御に不安があったのだろう。世界中を回遊させることを躊躇い、一所に留めておくため、とある海域の守護命令を出した。
しばらく様子を見、制御に自信が持てたら回遊させ、ヒトを襲わせるつもりが、海龍はクラーケンに攻撃されて暴走、本部との通信基地を破壊する直前に、慌てて消滅させた。
「元々プライドが高く、縄張り意識の強い海龍に、不用意に限定守護命令などだせば、こうなる事は予測が付いたはずだったんだ!」
「通信基地、とは?」
大槻の問いに、自らの怒りをなだめる様に軽く息を吐き、言葉を続ける。
「EARTHのシステムの稼働状況を、リアルタイムで送り続けている通信装置が、この星の数カ所に設置されているんです。
海龍が暴れ、渦を起こしたすぐ近くにも、その通信基地があります。
ストーンヘンジ、といえば、おわかりでしょうか。
通信基地が破壊されれば、当然、本国では大騒ぎになり、EARTHに大規模な調査団が入る事になる。
そうなると、その男にとってかなり困る事になるのは予測が付く。
だいたい、魔族の特性を知らな過ぎる。レヴィアタンだけではない。風魔やヴォルケーノなど、高い知能を持ち、ヒトの安全な生活を守るようプログラムされた妖魔に、無闇にヒトを襲わせるなど」
高城は、悔しげに唇を噛んだ。
霜司は、自らの遺伝子を濃く引き継ぐロキの存在が公になる事は、どうしても避けたかった。
ロキは、その存在が知られれば、ジェーナホルダーの戦士になるだろう。そうなれば、計画の大きな邪魔になる。それに、覇天を手に入れるためには、谷城の血は利用できる。谷城一族と、ソウシ自らの血、両方を持つロキを死なせるわけにはいかない。
ロキの父、智昭の存在価値は、すでにヒト社会から抹殺されているに等しい。引き続き血液検査を受けさせないように操作し、ロキの血液検査の結果はヒトの政府のデータベースにアクセスし、隠し続けた。
神は、自分の分身以外に、一名のみだが、メインキャラクターを設定し、リアルタイムにモニタリングできるシステムがあった。ソウシは、ずっと智昭をメインキャラクターとし、監視し、操ってきたが、谷城霜司としてヒトに紛れていた分身が老化して動けなくなり、智昭が、ロキに接近禁止を言い渡され、容易に近付けなくなったため、智昭の守護を放棄し、メインキャラクターをロキに変更して監視しはじめた。
それまで、霜司に操られるままに借金をし、その借金を神の力で隠しつつ、酒に溺れ、怠惰な生活を送らされて来た智昭は、いきなり守護を放棄され、生活に行き詰った。
「ロキ君、君のお父さんは、君と君の母親、全ての先祖に謝罪しながら衰弱して亡くなった。
この後が、また、この男の誤算だ」
暴走した海龍を慌てて消した後、再び実体化させ、各地を襲わせた。
これが、現在のロキの眷属、レヴィ。
狙い通り、世界数カ所を海に沈めた海龍は、次の標的に日本を選んだ。
もしかしたら、ロキが巻き込まれるかもしれない。懸念はあったが、海龍の制御に不安があった霜司は、海龍の行動に干渉し、暴走される事を恐れて、目標の変更を指示できなかった。
懸念は、別な形で霜司を裏切る結果を呼ぶ。偶然が重なり、海龍がロキを見つけてしまった。
海龍は、交渉次第で眷属になる事ができる設定を持つ。けれども、最強の魔獣と謳われたレヴィアタン、ヒトであれば誰でもいいという訳ではない。彼が自らの主とするのは、神がメインキャラクターに据えているヒトのみ。
「それが、レヴィ君にとって、我々とロキの、完全に違うという部分、か」
大槻の確認に、ロキも、なるほど、というように何度も頷いた。
「レヴィアタン以外にも、神のメインキャラクターに限ってのみ眷属になるという、強い力を持つ魔族が存在します。
魔族は、特に高い能力を持つ魔族であるほど、神に仕えたがるものです。
神のメインキャラクターに据えられているヒトがこの地球上にロキ君一人であるとすれば、こぞって眷属になろうとするでしょう。
これ以上、強い眷属を持たれては困る。この者は、慌ててロキ君をメインキャラクターから外した。
ジェーナホルダーとしてのロキ君の存在は邪魔だけれど、死なせるわけにはいかない。それまでのようにメインキャラクターとして監視することもできない。
隙をついてロキ君を自らが作った次元に連れ去って監禁しようとしたが、
守護域に悪意ある者が侵入した事に君の眷属が気付いたため、敢え無く失敗」
「それって、アキの事? もしかして、飛行機に乗っていた時?」
ロキの問いに、大槻と薗田が目を見開く。高城が微笑んで頷く。
「それ以降も、虎視眈々と機会を狙っていた。
ある時、たまたまロキ君が異次元に隔離され、眷属と引き離された時があった。
この者は、カーバンクルとその主を、魔族に襲わせて殺害、ロキ君を別次元へ攫って監禁しようとした」
神の作る異次元、霜司が、浄土と呼んでいた場所は、ヒトの共同思想を元に作られる。美しい世界とはこうあるべき、という、理想の世界観を神が提示し、それに同調した人々の思念が具現化された場所。
すべての者にとって最上とされる世界を創り、永く安定運営するというのは、並大抵の事ではない。
理想郷のコンセプトを作り、一から環境を整え、好みの似通った性質の良い者を選定し、その地の長として彼らから尊敬され、頼られる存在となる。神々であっても、揺るぎない強い信念と理想、特出した才能に恵まれる者でなければ、浄土を繁栄させることはできない。
浄土は、一つの世界。生活のための一通りの用を成すことができる。現世に一切出てこず、隠れて心地よく生活をするのにそれ以上の場所はない。浄土の創造には膨大な時間と、大きな労力を要するが、それだけの価値は充分にあった。
元々、霜司の作った浄土には綻びが多く、住む者たちは、その世界に違和感を持ちはじめていた。が、平穏な生活を失う事を恐れ、気付かぬふりをし続けている状態だった。
ロキは、霜司の悪意や彼を利用しようとする下心に、言いようのない不快感を持った。上辺だけの安穏さは、脆い。ロキが現世に戻せ、向こうに、自分を待つ者たちがいる、やるべき事がある、と主張し続けた事で、浄土に留まって生活していた人々も、それまでの呪縛から目覚め、その世界に疑問を持ち、不審を露わにし始めた。
ロキを引き留め続ければ、せっかく作った隠れ家である浄土を失っていた事だろう。これも、誤算の一つ。