告示(1)
大槻は、軽く瞠目してから口を開いた。
「ここ五年程、世界各地で有毒なガスが発生している。
日本では、約二か月前から。
そのガスを吸うと、人々は発狂し、自らの町を破壊し、
比較的高い確率で死に至る。
世界各国で対策を講じてきたし、君たち一般市民にも協力を仰いできた」
少年は、その通りというように小さく頷く。
「が、それは全てウソだ」
「は?」
「真実は、別にある。地球は、魔獣に蹂躙されている。君も見ただろう。
竜や、妖怪、悪妖精、と言えばいいのか。
伝説の中で語られてきた、太古の生き物たちに襲われ、破壊されている」
「え、いや、だって。竜?」
呆気にとられて言葉を失くす彼に、頷いてみせて話を続ける。
「全世界の学者をはじめ、我々国家特務課も全力で奴らの研究をしている。
けれど、わかっている事は少ない。
奴らには、基本的に人間の作った兵器は効かない。
現れる場所は、陸も海も関係ない。
地球上に逃げる所はない。一般市民に、全てを説明したとしても。
現在は、火星と月への移住計画が進められている。
一人でも多く生き延びてもらい、地球を脱出する他、
人類の滅亡を防ぐ道はない。
我々は、NOAH計画と呼んでいる」
「ノア」
重々しく頷いて応える。
「車で行くんっすか」
「アメリカ、ロシアをはじめ、日本からもすでに試験的に移住者がいる」
「完全スルー」
「宇宙船や居住空間の建設、
現地の食糧、酸素などの安定供給が確認されれば、
順次決行される予定だが、それには後数年の時間が必要だ」
「あの、どうしても出ていかないとだめなの?
やっぱ、地球にいたいでしょ。
宇宙とか行って、いつか帰って来られるの?」
少年の縋るような言葉に、目に、思わず視線を逸らす。
「南極のオゾンホールは拡大し、オセアニア以南は、
すでに人をはじめ哺乳類が生活できる環境ではない。
アイスランド、アイルランドとイギリスの北部、
インドの南半分とスリランカ、東南アジアと小さな島のいくつかは、
もう、この地球上にない。
南極の氷が融け出し、海面が上昇した事と、海龍の襲撃によって海に沈んだ。
噴火、集中豪雨に、干ばつ。寒波に熱波。
様々な天変地異が世界中に起こっている。
これまで観測された事のない疫病が蔓延し、ほぼ壊滅状態の国もある。
日本は、一部を除いて奇跡的に平穏が保たれてきた。
が、世界総人口は、すでにピーク時の七十%を切ったといわれている。
約七十億いた人間が、今は五十億に満たない。この数字の意味が分かるか?
二十億近い人命が、この、たった五年で失われてしまったんだ」
少年は目を見開き、顔色を失って聞いている。