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4-4

 ばたんっ!


「え?」


 突然目の前の男がふらりと揺れたと思ったら後ろに倒れた。

 あまりのことに呆気にとられた。

 一体何がおこった?


 恐る恐る男のそばに近づけば、完全に伸びている。

 僅かに動くうわごとのように僅かに聞こえる言葉は。


「…ゆ、…幽霊…」


 ……ちょっと自分の今の様子を思い出してみようか。

 あたりは水浸し。あたしも濡れ鼠。

 天井からはポタポタと水。部屋にはあかりはなく青白い月明かりのみが差し込んでいる。

 その中に佇む、ぼうっと浮かび上がる濡れた女の姿。

 ……うん、ホラーだね。


 つまりはどうやらこの男はあたしを幽霊だと勘違いして気を失ったのだろう。

 …つまりはヘタレか。

 豪華な格好したヘタレなんだな!

 ああ、ビビって損した。


 とりあえず倒れてしまった男をどうするか。

 不可抗力とは言え、流石にこちらが怖がらせてしまったのだからあたしは関係ないと放置するのも気が引ける。

 けれど、室内は水浸しでベッドに寝かしつけるのも無理だ。

 その前にあたしより身長のあるこの男を一人で運ぶのはそもそも無理がある。

 仕方なくあたしは、濡れてなさそうなシーツをベッドから剥ぎ取り、枕とともに男の体にかけてやった。

 ふう、今は温かい季節だしこれで風邪も引くまい。

 これ以上のことをしろと言われてもあたしには無理なので、勘弁してください。


 それにしてもこの男誰だろう。

 そう言えば今回の舞踏会の趣向として仮面舞踏会だということを思い出す。

 まあ、とどのつまり身分に関係なく、王子と添い遂げられる相手を見つけよーという趣旨のもと、身分の低い女でも近づきやすいよう取り計らったわけだ。


 …というかそこまでしなきゃ、王妃の一人も決まらんのかこの国は。

 情けなくて頭の痛い思いだが、男の服装を見るにどうもなかなか身分の高い貴族であることは伺えた。

 ふと、先程聞いた国王暗殺計画のことを思い出す。

 もしかしてこの男に話しておけば、何とかしてくれるかもしれない。

 流石に先ほどの話を聞いて、何もしないというのも国民としてどうかと思っていたのだ。

 自分にできることがないため現実逃避でごまかそうとはしたが、できることがあるならやっておきたかった。


 床で伸びているのはヘタレっぽいけど身分はありそうだ男だ。

 だがこんな身分の高そうな男が幽霊に見間違えられるような貧素な女中の話を聞いてくれるか、そこが問題だった。

 そもそもここで何をしているのか聞かれたら、まずいのなのはこちらだしな。

 悶々としていると、床で伸びていた男が身じろいだ気配がした。


「う……」


 うめき声と共にヘタレ仮面男が頭を抑えながら起き上がった。

 一瞬逃げようかと思ったけど、覚悟を決めて男の前に立った。


「おはようございます」


 あたしの声に寝惚けているのか男がゆっくりと顔を向けてくる。

 そうして


「俺をたたっても意味はない!…じょ、成仏しろ!」


 あたしを見るなりブルブル震え始めたよ、この男。

 …なんだ?もしかしてこの人あたしをまだ幽霊だと勘違いしているのか?

 試しに、手の甲の力を抜いて胸元に掲げてみせる。


「うらめしや~」

「ひいっ!」


 短い悲鳴、…まじかよ。

 なんというヘタレ…ん、まてよ?

 考えてみればこれは好機じゃないか?

 あたしを幽霊だと思っているなら、たぶんビビってくれている分あたしの話を聞いてくれるだろう。

 それにうまくすれば、どうしてここにいたのかまるっとごまかした上で姿を消してもたぶんこの男ならあたしを追わないだろう。

 なんだ、一石二鳥じゃないか!

 あたしは俄然やる気になった。

 とりあえず幽霊らしき演技をするためうらめしやなポーズのまま彼に話しかける。


「……ちょっと、いいですか?」

「っ!ち、近寄るな!」


 おお、なんか騙されてくれてるな、よしよし。

 顔を真っ青にして後ずさる派手な衣装の男を追い詰めるずぶ濡れのメイド服を来たあたし。なんというかシュールな光景だな。まあいいけど。

 あたしは緊張しつつ、男を説得するため一歩踏み出した。


「……話を…」

「っ!」

「聞いて…」

「っっ!」


 あたしが一歩踏み出すたびに男は一歩分後退する。

 男のあまりの怯えようにだんだんイラついてきた。


「あの…」

「っっっ!!!」

「話を聞けーーーーー!」


 とうとうあたしは切れて一足飛びに男に詰め寄った。

 男は硬直して言葉もないようだが、どうでもいい。

 こちらだって必死なのだ。それなのにこの態度では普段あまり気の短い方ではないと思っているあたしだって怒る。

 あたしは後退し壁際まで追い詰めた男に指を突きつけた。


「いい?よく聞きなさい!今日国王が暗殺の危機にあるわ!」

「え?」


 流石のことの重大さが伝わったのか相手の男の纏う雰囲気が変わった。

 だが怒りが先にあるあたしはそのまま話を続けた。


「いい?あたしは聞いたの。犯人は男と女の二人連れ。

 誰だかわからないけど、今日の王子のお相手お披露目の時にみんなが王子の方に気を取られている時に王の杯に毒を仕込むって言っていたわ!」

「それは本当か?」


 そこであたしはようやく目の前の男が纏う雰囲気を一変させているのに気がついた。

 気がつけば壁際に追いやられていたはずの男がむしろこちらに身を乗り出すようにしてあたしを見下ろしている。

 背が高いため早々見下ろされることに慣れていないあたしはなんだか落ち着かなくなって視線を逸した。


「嘘を言ってどうするの?こんな重要なこと。

 ……そもそも幽霊のあたしが嘘を言って何の得があるって言うの?」


 幽霊の言葉が本当に証言の信憑性の裏付けに甚だ疑問はあるが、今はそれで納得してもらうしかない。


「……やっぱり幽霊なのか?」

「……そうよ。だから国王にこのことを伝えて。あたしじゃ誰にも伝えられない」


 悔しいが、所詮身分のないに等しいあたしじゃ誰も信じてくれない。

 幽霊よりも信頼性が低いのだ、あたしごときの発言は。

 卑下しているわけじゃない、事実だ。


 こんな国の一大事だというのに何もできない自分が不甲斐ない。

 泣きそうになるが、泣いても意味がないことは重々承知してるから泣かない。

 その代わり、精一杯目の前の男に自分が幽霊であるという演技をすることで納得してもらう。うまくいってるかは別として。

 そんなあたしに何を思っているのだろうか。男は考えるように無言だったが、しばらくしてから口を開いた。


「誰にも伝えられない?お前は俺以外に見えないのか?」


 そんなわけはない。しかし、そういうことにしておいたほうがいいのかもしれない。


「……そうよ」

「……お前は…」


 それだけつぶやいて黙ってしまう男にあたしは首をかしげた。

 なんだ?

 無言の男になんだかあたしはイライラしてくる。

 こうしている間にも時間は確実に経っているのだ。

 もしこの間に王子のお相手のお披露目が行われていたらと思うと気が気でない。

 ううう、さっきの現実逃避の時間がもったいなかったな。

 やっぱり無茶を承知であの時さっさと衛兵に通報しておけばよかったのだろうか。


 うっすらと覚えている。

 現在の国王が統治する前のこの国は本当にひどい状況だった。

 多くの罪のない人が死んだ。疫病が流行っても皆栄養状態が悪くて死んでいったのだ。

 かくいうあたしの生母も流行病で倒れ回復することなく死んでいった。

 母を亡くしたあたしにさらに父の事業の傾きが襲った。

 そもそもこの事象も先王が起こした戦が原因だった。

 もうあんな時代が来て欲しくなかった。

 王子がどんな人間かは知らないが、まだ年若い若造だ。

 大分立ち直ったとは言えまだまだ、不安定なこの国を平に収めるのは無理だ。

 下手すれば、またあの暗黒時代に逆戻りだ。

 あんな時代が再びめぐるくらいなら自分の身の安全なんか考えずに訴えでればよかった。

 あの時の自分の意気地のなさになんだか泣けてくる。

 泣いても意味はないのは承知しているのに、どうしてあたしはこんなに弱いんだろう?

 思わずこぼれそうになる涙に突然男の手が伸びて目尻を拭う。


「…泣くな?」


 温かい指先になぜかさらなる涙腺が刺激されて、ポロポロと落ちてしまう。


「…泣いてない」


 自分の弱さを指摘されたくなくて意地を張った。そんなあたしに呆れた声が降ってくる。


「泣いてるじゃないか?……幽霊でも泣くんだな?」


 ボロボロと流れる涙を指で受け止める男の仕草がやけに優しくて、弱くなった心に温かい。

 だがそんなものに溺れている訳にはいかない。

 あたしは男の手を払った。


「ねえ、そんなことより早く国王に……。って、何すんの?」


 気がつくと今度はあたしの手を男が掴んで来た。


「…幽霊なのに触れられるんだな?」


 その言葉と仮面の奥の鋭く光る瞳にぎくりとする。

 どうやら幽霊であることを疑っているのだということがわかった。

 というか、当たり前だ。あたしは実際に幽霊じゃないんだから。

 しかし生身の人間でバレるのはまずい。


「…あ、あなたにだけよ。たぶん見える人なら触れるんじゃない?」


 そう言えば、仮面の奥の目が見開かれるのを感じる。

 え?なんか変なこと言ったか?

 幽霊前提なので違和感を覚えるほどおかしな内容ではないと思うのだけど。

 分からず、ぐるぐる考えていると掴まれた手に指が絡まりギュと握られた。

 何事かと思って見上げると視線がバッチリ合う。


「へえ?幽霊ってそうなんだな」


 言葉とともに目を細められ、あたしは何か自分がとんでもなく追い詰められているように感じてしまった。そんなに変なことをいったつもりはなかったのになぜだ。

 なんかすっごい疑われてる感じに背中に汗がダラダラと流れる。

 くっそう、幽霊見て気絶するようなヘタレのくせに生意気な。

 とりあえずさっさとこの場を切り抜けるべく、口を開く。


「とにかく国王に言ってよ!今すぐ舞踏会中止するようにって。どう考えてもアブナイでしょ?」

「それは無理だな」


「な、なんで?」

「そりゃそうだろう。今回の舞踏会は王子の花嫁を選ぶものだ」


 男が言うには出席者が多い上、他国の要人も呼んでおりそうそう簡単に中止にはできないという。人の誘導だけでも大変だし、何より不確かな情報で国王自らが中止を発表すれば臆病者の謗りを国王が受ける可能性がある。

 その話を聞いて、目の前が真っ暗になる。

 結局あたしは何もできないのか?

 あたしの情報はなんの役にも立たなかった?

 無力感に押しつぶされそうになったあたしの頭を男が優しくポンポンと撫でてくれる。


「そう落ち込むな、中止にはできなくても国王を守る方法なんていくらでもある」

「そ、そうなの?」


 思わず身を乗り出すと男は驚いたように身を引いた。

 幽霊が怖いからか?だがそんなこと構うものか。


「国王は安全なのね?死なないわよね?」

「…ああ、俺がちゃんと守る。死なせない。我が名に誓って」


 あたしは男のことなど知らない。

 身分も名前も、性格なんかも先程あったばかりでわかるはずもない。

 だが、なぜかひどく頼もしく感じた。幽霊を見て気絶するようなヘタレなのになぜそう思ったのかわからないが、彼に任せれば大丈夫だと心の底から思えた。


「…ありがとう。お願いします」


 だからあたしは安心して微笑みながら、深々と頭を下げた。

 なぜか男が硬直している。

 仮面の奥の瞳が驚いたように見開いているのを見てあたしは怪訝に思った。

 幽霊がお礼を言うのはそんなに変なことなのか?

 まあ、とりあえずそんなことはどうでもいいので、さっさと国王を助けに行ってください。

 マジでお願いするよ。国のためなんだ。


色々ツッコミはあるだろうけど、

まあパロなので多めに見てくださるととっても助かりますです、はい。(-_-;)

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