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ごろごろごろ。
ついていた取っ手を伸ばし、斜めにして車輪に重量を載せると簡単な力でそれは移動した。
(うわ…)
あまりに簡単な力で動いたものだから、感動する。
聞いた通りだ。この移動方法とんでもない。これが魔法じゃないとは驚きだ。
魔法使ってないところでこれなら魔法使ってるこれの威力ってどんなものなんだろう。
ああ、すっごく使ってみたい。
……さて、何をしてるとか突っ込まないでください。
誘惑に負けたんだよ!ううう!
だってさ、こんな機会絶対ないんだもん!
国王陛下の大事だってわかってるけど、一般庶民のあたしに何ができるってんだ!
自分の無力加減が半端ないが、仕方がないじゃないか!
というわけで若干の現実逃避にあたしは高圧洗浄機を引いてこれが使えそうな場所を探していた。
いや、脱出することも考えておりますよ?
でも考えてみれば外に出るなら今行われている舞踏会のお開きの時が一番怪しまれないかなと思うのだ。
人の波に乗って帰れば目立たない。
だったら急ぐこともない。
人に見つからないことだけ気をつけながら、ゴロゴロと洗浄機を引いて廊下を歩く。
それにしても、無駄に広い廊下だ。
お掃除の人の能力の高さか床にはチリ一つ落ちていない。
完璧だ。そう言えば王宮には塵を吸い取ってくれる小型の魔道具があるとか。
…それも機会があれば見てみないな。
いやいや、欲張るのは良くない。
今は高圧洗浄機を使う方が先決だ。
とりあえず外に出ることだよね。
人のいないバルコニーとかあると試せて素敵なんだけど。
とはいえ、舞踏会の最中だけあって、おそらく居住区だろうあたしのいる区画に人の姿はない。
正直気配を消したり警戒して歩くのなんて無理だからありがたい。
所詮あたしは普通の一般市民なのだ。特別な力も何もないです。
そんなことを考えながら歩いていたら、ふと廊下の奥に光が漏れている扉があった。
ありゃ、使用中?っていうか人がいる?
最初の第一王宮人遭遇か!?、に思わず緊張する。
いやいや、廊下を通りすぎるだけだから。
あたしは今洗浄機を引いた女中だから怪しいところはないはず。
……めちゃくちゃ怪しいじゃないか、あたしよ。
と、とりあえずただ通り過ぎればいいだけだ。
うん、扉もしまっているし問題はない、……はずだ。
意を決して足を踏み出そうとした時だった。
光の漏れる扉から足音が聞こえた。
…やばい、誰か出てくる?
あたしは慌てて手近にあった部屋への扉に手をかけた。
鍵が空いているか五分五分だったが、掛かっていなかった。
勢いよく開いて慌てて中に飛び込んだ。
扉を締めるのと隣の扉の開く音とは同時だった。
(あ、あぶなーーーい!)
心臓がばくばくしている。
本当にさっさと洗浄機試して城から出ていかなければ、身がもたん。
目線を上げればどうやら客室らしい部屋が見えた。
どうやら無人。
正面には大きな窓があり、そこには月明かりを受けたバルコニーが見えた。
その光景に思わず自分の幸運に感謝したくなった。
人のいない室内、バルコニーのある外に通じる窓。
高圧洗浄機を使うには最適な環境だ。
音を立てないように窓を開けて外を見る。
星あかりと鬱蒼と茂る森が見えた。
下をみれば高さがある。
どうやらここは三階らしい。まあバルコニーがある時点で二階以上だとは思ってたけど。
見回すとどこにも人口の光は見えない。
先程あかりのついていた隣の部屋からもあかりは見えなかった。
どうやら出て行ったようだとますます自分の幸運に感謝する。
これで音を気にせず洗浄機が試せる。
まあ、王宮の客室なんて、そもそも汚れ目が殆ど見られない場所だけど。
だがどういったものか試すだけでいいのだ。問題はない。
ウキウキしながら洗浄機をセットする。
おばさんが使ってもないだろうに細かく教えてくれてたから、どうやったらいいのかもわかっている。
空気中の水分を使っているらしいので水のないところでも使えるすぐれものらしい。
窓の外にホースを向けて、いざボタンを押した。
すると最初はゆっくりと霧状の水が出てきたが、すぐにすごい勢いに変わった。
勢いがすごいのにそんなに音はしない。静音設計、すばらしい。
(おお、なんか強力そう!)
勢いに押されてホースを取り落としそうになるが、力を入れて恐る恐るバルコニーの手すりに向かって吹き付けた。
するとそれまで汚れ一つなく白いと思っていたバルコニーの手すりだが、水をかけたところだけが一段と白さが鮮やかになっていく。
(おおお!)
まさかこれほどの威力だったとは、驚きだ。
つい夢中になって手すりに水を吹き付けていく。
使ったら使った分だけキレイになる手すりにあたしは夢中になった。
が、いくらか使ったところで、突然水が止まってしまう。
「あれ?」
スイッチを押してみるが、動かない。
もう一度押しても同じ、あたしは不安になってきた。
(……もしかして壊した?)
その考えに青ざめる。
最新式の魔道具だ。一体いくらするのかもわからない。
そんなものを壊したなんてあたしごときが弁償できるはずもない。
(まさかまさか)
最悪のことを考えながらも否定するように何度もスイッチを押すが洗浄機は動かない。
若干焦りながら、つまりがないかとホースの先端を覗き込んだ時だった。
ぶしゃっ!
「うはっ!」
突然起動した高圧洗浄機の水があたしめがけて飛んでくる。
幸い顔から僅かに外れていたため直撃は受けなかったが、驚いた際に手を離したためホースが勢い余って暴れた。
「わわわわ!」
慌ててホースを抑えようとするが、勢いが強すぎて抑えきれない。
あっという間に振りまかれた水で室内が水浸しになる。
ようやく本体を止めればいいことに気がついてスイッチを切ると、水は止まった。
ホッとするが、部屋の惨状に呆然とするしかない。
室内は水浸しで天井にも水滴が散っている。
かくいうあたしも煽りを受けてびしょ濡れだ。
ううう、美人なら水も滴るだが、そうでないあたしなんぞはただの濡れ鼠だ。
(し、失敗した…)
あまりの惨状に片付ける方法も思いつけない。
これは自首して状況を話す他ないか。
いや、どう考えても自殺行為にしかならないな。
どうしたらいいのか考えあぐねるが、解決方法など思いつけるはずもない。
(ううう、どうしたら最善なんだ!)
頭を抱えている時だった。
「……そこで何をしている?」
突然かかった声に驚く。
顔を上げればそこには廊下に続く扉の前に男が立っていた。
舞踏会の出席者だろうか。
豪奢な衣装にキラキラと装飾のついた仮面をつけている。
それがいかにも高級そうでひと目で貴族ということが知れる。
「あ、の。その。」
状況的に言い逃れができない。
するつもりもないが、流石に突然のことにうまく言葉が出なかった。
そうしているあいだに予想外のことが起きた。