クリスマス<紅原>
クリスマス<紅原>SS内容
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クリスマスネタ。
ただあんまりクリスマスっぽくはない。
日付だけで、結局は風邪っぴき看病ネタ。
カプは紅原×環
これ以外のカプしかダメな方は読んじゃダメ。
環と紅原、大学生の冬あたりかな。
二人は恋人同士。大学生なのでそれぞれ一人暮らししてます設定。
リア充で、れっつクリスマス。爆発しろ
※全てif話。物語の進行上にはまったく関係ございません。
※書きたかったからかいた、それだけです。苦情は受け付けません。
・甘さは微妙。生殺し推し。
・微妙な終わり方。
・キャラ崩壊しているかも?気をつけてご生還ください。
・本編読後、推奨
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以上です。
OKなら、以下。
クリスマスSS<紅原>。
※蒼矢編と冒頭かぶってますが、別作品です
十二月はクリスマスに年末年始。イベントごとに事欠かない忙しい時期だ。
大学生であるあたしにとって、季節限定のバイトは時給がいいので、良い収入源だ。
イベントごとを楽しみたい人は仕事に入りたがらないから、臨時で雇ってもらえることも多く、さらには長時間働けるのも魅力的だ。
だから、十二月という月はあたしにとってはなかなか有意義な月だったりする。
毎年やっているから、時期になるとバイトに入らないかと誘いがくる。それを片っ端から勉強や常勤のアルバイトの隙間。空いている時間にみっちり入れるのだ。
すると年明けは結構な額のバイト代が入る。
それは全額貯金するようにしているのだ。そしてたまに生活費が足りない時などの足しにするのだ。
このお金は結構重要だった。
足りなくなった時の資金だし、何より貯金は将来のためになる。
代わりに十二月には寝る時間も少なくなるが、これは年に一月のことだからなんとかなる。だからとっても重要なのだ。
重要なのに……。
日付は十二月二十四日。
今日は、午前中に大学の授業に出て、午後から深夜までクリスマスケーキを売る予定だった。
完売すればボーナスも出るというなかなか良いアルバイトなんだが、外でずっと声を張り上げなければならないのが難点といえば難点。
とはいえ、時給も良いし、この時期、絶対外せないバイトだった。
外せないのに、なぜ。
あたしはこんなところにいるのだろう?
一人暮らしの部屋にしては広いセミダブルのベッドから天井を望み、考える。
……暇だ。ころんと寝返りを打てば、時計が見えた。
時間を確認する。……うん、急げばギリギリ間に合いそうだな。
あたしはちらりと視線だけで部屋を確認した。
室内にはあたし以外に人の気配はない。
さらに、扉をじっと見るが、誰かが入ってくる気配はない。
それを確認して、あたしは素早く起き上がった。
ベッドから這い出し、足をついて立ち上がれば、少しふわふわする気がするが歩けそうだ。
服を確認すれば、もともと外出着にコートを脱いだだけの姿だったから、外出に問題はない。
少しスカートがよれているが、コートを着れば目立たないだろう。
軽く手ぐしで髪を整え、部屋の隅にかけてあったコートをとって羽織った。
それから、音を立てないようにそろりそろりと部屋の扉に近づいて、こっそり外の様子を伺った。
自分の家ではないが、何度かきたことはあったので間取りは知っている。
1LDKの間取りの寝室はすぐ外が廊下になっており、玄関につながっている。
寝室の反対側に水回りが集中し、玄関とは逆の廊下の突き当りがキッチンとつながったリビングのはずだった。
まだ築年数が新しく、マンション自体の玄関もオートロックと、築二十年のワンルームのあたしの部屋とは大違いだ。ちっ。
とはいえ、部屋がしっかり、区切られているせいで、おそらくリビングにいるであろう相手に見つからずに脱出できるというものだ。
あたしは音を立てないように扉を開いて廊下に出て、素早く玄関に向かった。
玄関にたどり着き、靴を履けば、なんとか脱出できそうだとほくそ笑む。
それからドアノブに手をかけようとした時だった。
「……どこ行くんかな、環ちゃん?」
背後、というよりほとんど耳元に直接囁かれるような声に硬直する。
気づけば、掴もうとしていたドアノブはあたしより大きな手に塞がれ、もう一方の手はドアにつかれて、あたしは扉と彼の腕に囲まれた状態だった。
逃げられない状態で背中に感じる体温に、冷や汗が流れる。
あたしを囲い込む体の持ち主の名は、紅原円。
あたしの大学の同級生にして、この部屋の主。
そして高校時代のごたごたを経て、付き合い始めたあたしの恋人でもある。
「えっと……。こ、これは、その……」
慌てて言い訳すべくすべく振り返れば、張り付いた笑を浮かべた顔が見えた。
その顔に、ヤバイと思った。なんか怒ってる。
「な、なんか怒ってます?」
「ん?そう言うということは、なにか怒られるようなことした自覚があるんやね?」
言ってみ?、と意地悪く聞き返されて、う、と言葉につまる。
「そ、それは……」
何を言っても火に油な気がして、しどろもどろになっていたら、ふっとため息を吐く音が聞こえた。
「じゃあ最初の質問をもどそうか。どこ行こうとしてたんかな?」
「えっと、ば、バイトに行こうかなって……?」
「この風邪ひいて熱がある状態で?」
呆れたように眉をひそめられ、あたしはむっとして紅原をにらみあげた。
「ね、熱なんかないですよ!大げさに言わないでください!」
今日は確かに朝起きたとき少し喉が痛くて悪寒がした気がした。
しかし、その時には熱なんてなかったのだ。
午前中は大学の講義を受けて、午後からバイトの予定で動こうとしていたら、午前の講義が終わった直後に、別の授業を受けていたはずの紅原に捕まって、部屋に強制連行である。
郊外にあるあたしの部屋より近いと、連れ込まれた紅原の部屋のベッドに放り込まれ、薬を探してくると言う彼が部屋を出て行った隙を狙って逃げようとしたのだが……。
「熱がない?」
「そうですよ。少しふわふわはしますけど、歩けますし」
喉は少し痛いし、鼻声なのは自分でもわかってる。
しかし、声も出るし、バイトするには問題はないだろう。
多少だるいが、このくらい気力でなんとかしてみせる。
大体バイトは信用が第一なのだ。
当日ドタキャンなんて来年仕事がもらえなくなるではないか。
しかも、クリスマスイブなんて繁忙期に風邪で休むなんて、無責任な事できない。
「ホンマに?」
「ホントですよ!」
「じゃあ、少し図らせて?」
そう言って、紅原はあたしの後頭部に手を回すと、こつりと額と額を合わせてくる。
あたしはその行為に目を見開いた。
長いまつ毛がぼやけて見えるほどの近さに憎たらしいほど整った顔がある。
羞恥なのか熱なのかわからないが、顔に血が登るのがわかった。
頭が沸騰し、あたしは水面に顔を出した魚のようにパクパクととするしかない。
あたしの視線に気づいた円は、柔らかく微笑んだ。
「……顔真っ赤やけど、そんなんで外出る気?」
「だ、誰のせいだとっ!?」
突き飛ばして逃げようとするが、目の前がグラグラした。
うまく体を支えられずにいたら、紅原が腰に手を回し、支えてくれた。
ぐったりしたあたしに視線を向けながら、円は眉をひそめた。
「……冗談抜きで、環ちゃんかなり熱、高いよ?いい加減、観念して休み?」
優しく、今度は嘘でない柔らかな微笑みを浮かべた紅原に頬をなでられれば、抵抗する気がしぼんでいく。
そのまま抱え上げられるようにして、寝室に連れ戻された。
コートを脱がされ、ベッドに寝転がれば先程とは違い、目の前がグラグラと廻る。
これでは一人で立つのもままならない。
もちろんバイトどころではないのはわかっているのだが、繁忙期に休むことを思えば、罪悪感でいっぱいになった。
それを口にすれば、紅原の困ったような声がした。
「せやかて、このまま無理して働いて仕事中に倒れられたほうがよほど迷惑や」
至極もっともなことを言われ、言葉は続かない。
「もう少し自分の体いたわって?」
少し困ったように微笑まれ、ポンと頭をなでられればさすがに罪悪感がわく。
だが、それでも。
「でも……」
「これ以上ダダこねるようやったら、ベッドに縛り付けてもええんよ?」
笑顔で、物騒なことを言われた。
「ぜ、全力で寝させていただきます」
おびえるあたしを見て紅原は、冗談や、と笑う。
……その目が少しだけ残念そうなのは気のせいだと信じたい。
とはいえ、実際のところ結構体力は限界に達していたらしい。
寝ることを決めてしまえば、体は泥のように重たく、腕一本上げるのも億劫になった。
それでもせめて休みの連絡を入れなければと、携帯を求めた。
「あの、バイト先にお休みの連絡を……」
「もう、してあるから、安心して?」
風邪で熱があるって言ったら、すごい慌てて、ゆっくり養生しなさいって言ってたと告げられれば、申し訳なさでいっぱいになった。 ああ、むしろ心配されてしまうなんて。
そう言えば昨日もフラフラしてたら、無理はしなくていいからって、心配してくれたもんな。
あそこの店長、あんなに優しいのになんで独身なんだろう?
「それにしても、バイト先の番号よく知ってましたね」
「名前は聞いとったし、店名さえわかれば、今時簡単に番号ぐらい調べられる」
そういえば、バイト先の店名は告げていたことを思い出す。
電話できたからくりはわかったが、あたしが了承する前に勝手に連絡されていたことに少しモヤモヤする。
その顔に気づいたのか紅原の顔が少し陰った。
「勝手してごめんやけど、どう考えても今の環ちゃん、働ける状態やなかったし」
それに、先方も連絡早いほうがええやろうと思ったから、と言われれば文句も言えない。
むしろお礼を言うべきなのは分かっていた。……分かっているのだが。
「やっぱり怒った?」
困ったように顔を覗き込まれれば、いちいち目ざとい恋人の視線にため息をついた。
「感謝はしてますよ。ありがとうございます」
「で、本音は?」
「甘やかしすぎなんですよ」
指摘すれば、ゆるりと頬を撫でられた。少し体温の低い彼の手は思いのほか火照った顔に気持ちがよい。
思わずすり寄れば、猫みたいと苦笑された。
それから、反対の手で髪をゆるゆる梳かれる。
「そんなことないやろ?体調悪い時くらい頼ってよ」
「……体調の悪い時だけじゃないから言ってるんです」
まったく、思いっきり甘えながら言うことじゃないのかもしれないけれど。
釘を刺さしておかなければエスカレートしそうだ。
「なんでも先読みしてやってくれるのはありがたいですけど……ちょっと違うっていうか」
実際付き合いだして、いや付き合う前からわかっていたことだが、この人、他人の行動や感情に敏い。
だから、その人が何を欲しているのか、すぐにわかってしまうらしく、先回りしてそれを整えてしまう。
たとえば、お茶が欲しくて用意しようとしたら、いつの間にか用意してあったり。
大学のレポートの資料を集めようとしたら、すでに図書館から借りあったり。
今日みたいに体調も考えずにあたしが無理しようとしたら、止めるだけじゃなくて、こんな風に部屋に連れて行って看病しようとするし。
しかも下手に器用なものだから、何でもできてしまうのがさらにいけない。
至れり尽くせりでいいじゃないかと思うかもしれないが、万が一これに慣れた時が怖い。
どう考えても何もできないダメ人間になりそうだ。
「俺としては、環ちゃんはもっと甘えてくれる方がええんやけど……」
そう思われているのは知っている。甘えベタな自覚もあるけれど。
「甘えたいんじゃなくて、甘えて欲しいんです」
「え?」
「いつもあたしばっかり甘やかされて、なんかずるいです」
「……それってずるいって言われるようなことなんかな?」
苦笑いされるが、あたしとしてはずるいと思うから言っているのだ。
笑ってごまかすなとばかりににらみ上げる。
「人の要求ばっかり探して、叶えて。ずっと気遣いしてたら疲れませんか?」
あたしの質問に紅原は目を見開き、それからへらっと笑った。
自嘲に近い笑に見えるそれを浮かべながら紅原は、疲れるかどうかはわからへんけどね、と前置きした。
「人の事見て行動するのって、ほとんど癖みたいなもんなのよ。よお、小賢しいって言われるわ」
紅原は生い立ちゆえに、ずっと人の顔色をうかがいながら生きてきたからな。
それは仕方がないことなのだろうとは思うが。
「でも、見ての通り力もかっこええところも何もない俺や」
こそこそして人の顔色ばっかり見てつまらん小さい男。
紅原は自分で過去そう称していたことを思い出す。
「俺から気遣いとったら、何も残らへん。だから、疲れるとかどうでもええねん。環ちゃんはそんなん、気にせえへんでええんよ?」
こんな小さい男が嫌いやったら別やけど、と自嘲の笑を浮かべる紅原を見ながら、あたしは、呆とする思考の中で一度目を閉じた。
紅原はあたしの言葉を待つように、あたしの額に手を当て、髪をすく。
それが気持ちよく、そのまま眠りそうになるが、今はそんな場面ではないと無理やり目を開いた。
先ほどよりぼんやりする視界の中で紅原を見上げ、口を開いた。
「あたしが今問題にしてるのは、好きとか嫌いとかの問題じゃなくて、甘えて欲しいって話なんですけど……」
あたしの言葉に紅原がきょとんとした。
わけがわからないとばかりの顔に、あたしは眠いのも相まって、少しだけ苛立った。
この人頭はいいのに、どうしてこんなところばかり鈍いのだろう。
「甘えるって、そんな病人に……」
理解できないためか、冗談だと思ったのか苦笑いを浮かべてそんなことを言い出す彼に、あたしは手を伸ばした。
熱のせいか筋肉痛がして動かしづらかったが、無理やり動かす。
「今じゃなくても、これからでもいんですよ」
それから、呆然とする彼の頭を胸に抱き込み、ベッドに引き込んだ。
突然のあたしの行為に驚いているせいか、紅原は無抵抗だ。
上体だけベットに取り込まれ、硬直している紅原にあたしは少しだけおかしくて笑った。
「た、環ちゃん?」
あたしの行為に、紅原が慌てたような声を上げるが、あたしは無視して頭を抑えたまま、いいこ、いいこと頭をなでた。
「そんなに気を使わなくてもあたしはあなたを裏切ったりしませんから」
あたしの言葉に紅原の体がびくりとはねた。
だがあえて気づかぬふりで、頭を撫で続ける。
「だから信じて、甘えて欲しいってだけの話なんです」
彼にはずっと純粋に甘えられる人がいなかった。
本来無条件で甘えられるはずの母親が、父親のおかしな嫉妬のせいで気を使うべきた対象になっていた。さらに一族も彼を邪魔者扱いした。
だから誰にも甘えられない彼は、ずっと寂しかったんだと思うのだ。
あたしは貧乏だったけど、それでも母がいた。
香織や竜くん、それに藤崎のおじさんやおばさんがいた。
周りはあたしが甘えベタだと言う。それはそうかもしれない。
誰かにべったりおんぶに抱っこになることなどできない。でもそれは割と普通の範疇だと思うのだ。
でも紅原の場合は違う。
彼は根本的に人を信用してないから。裏切られないようにの予防線として優しいし、甘い。
彼の甘やかしは正直、信用されていないことの裏返しのようであたしとしては悲しいし、寂しい。
「難しく考えなくていいんですよ」
言葉だけじゃ足りない気がしてて、あたしは普段あまり見ることのない頭頂部にちゅっとキスを落とし、抱擁を強くした。
「甘やかさなくても離れませんよ。いつも見てなくてもいなくなりませんから」
だからいつも不安そうにしないで欲しい。
尽くしながら甘やかしながら、彼の目にはいつもどこか不安に揺れているのをあたしは知っていたから。
「ずっと一緒にいるってちゃんと約束したじゃないですか」
そう語りかければ、紅原は無言だった。
しかしいつの間にかあたしの腰に回っていた腕がぎゅっとしがみつくように動いたのを感じた。
それが答えのような気がして、あたしは微笑んだ。
触れた場所から伝わる体温は暖かくて、あたしはふわふわとした幸福感に包まれるような気がした。
言いたいことを伝えられた達成感と幸福感とで、あたしは満足し、そろそろ限界だったのもあって、そのまま大好きな体温を感じながら、ゆっくりと夢の世界に旅立ったのだった。
◆ ◇ ◆
ふっ、と意識が浮上した。
呆とする頭で周囲を見回せば、暗い。
どうやら夜のようだ。
体の下に感じる感触でベッドに寝かされているのはわかった。
適度にスプリングが効いていて寝心地は悪くないが、いつも硬い地面に寝ているせいか一度意識するとどこか居心地が悪かった。
視線だけで、周囲を見回せば、誰もいない。室内はしんと静まり返っている。
直前までの記憶でここが紅原の寝室だとはわかった。
彼はどこに行ったのだろうか。
真っ暗な中、誰もいない知らない空間にひとりきりにされるとなんだか急にひどくさみしい気分になった。
誰かいないか、呼ぼうとして、体の違和感に気がついた。
体が動かない。
動かそうと思っても、金縛りのように体は動かず、起き上がることすらできなかった。
なぜなのかわからない。あたしは混乱に助けを求めようと口を開く。
だが、喉に違和感があって、うまく声が出せなかった。それでもなんとか声を出せば、それはまるで老婆のようにしゃがれていた。
「だ……誰か…っ、ゴホゴホっ!」
しかも、無理に出したせいで、喉がつまり咳き込んだ。
咳はすぐに収まらず、何度も出た。
息苦しさに身を丸めたくとも体が動かず、苦しさが増す。
咳はなんとか収まるが、喉の痛みは消えない。
息をするのも苦しくて、ヒューヒューと普段にない音が喉から漏れた。
喉の痛みと苦しさに思わず溢れた涙を感じれば、あたしは心細さに胸が潰れそうになる。
体が動かず、何もできない。頭は熱を帯び、ひどく混乱していた。
暗く真っ暗な部屋の中、ひとりきりであることが無性に怖くて、この世で自分がひとりきりになったみたいに思えた。
そんなはずはないのに、何故そう思ったのかわからない。
ただ、一人じゃないのだと確かめたくて、誰かに無性に会いたくなった。
その誰かは不思議と想像の中でただ一人の人に置き換わる。
「ま……どか…ぁ…」
あたしは会いたい人の名前を呼んだ。
赤毛の柔らかい髪をしたあたしの一番大事な人。
円に会いたい。今すぐ会いたい。
いつだってあたしより少しだけ低い体温のあの心地の良い手で手を握って欲しかった。大丈夫だっていつもみたいに優しく笑って、抱きしめて欲しい。
だが、求め、伸ばそうとする手は動かず、あたしは母親を求める子猫のように鳴き続けた。
「……ま……どか……ぁ、まど…っげほげほ」
暗闇が怖くて、一人でいるのが心細くて。
咳の合間に呼び続けるが求める人はなかなか現れない。
もしかして、本当にこの世界で生きているのは自分しかいないのではないか。
自分の考えが、寂しくて怖くてあたしはボロボロと流れる涙を抑えられない。
感情の抑制がきかない。悪い考えばかりが心を占めて、胸が痛い。
あたしはそんな現実から目を背けるように、ぎゅっと目を閉じた。
「……環ちゃん?」
突然聞こえた声に、あたしは驚いて視線を声の方に向けた。
そこにはいつの間にか、こちらを光の差し込む扉を背に立つ求める人の姿があった。
あたしは、その姿に思わず手を伸ばそうとする。
しかし、そんな簡単な動きがいまのあたしにはできなかった。
それでも必死で動かせば、重たく動かし難かったが、なんとか動いた。
ひどい筋肉痛のように関節がひどく痛みを発するが、あたしは腕を伸ばす。
必死に伸ばした手を円の手がそっとふれ、それからぎゅっと握ってくれた。
それだけであたしはひどく安堵した。それと同時に涙腺が崩壊する。
「えっぐ、えぐ……。まどか…ぁ…」
「ちょ、どないしたん?」
慌てる紅原は泣き続けるあたしの頭をよしよしとなでてくれる。
その優しい手つきに尚更涙腺が壊れたように涙が溢れた。
嗚咽の合間にあたしは紅原に自分の気持ちを吐露した。
「あ、のね……。怖かった。一人で怖かったの」
「……ああ、心細かったんやね?」
熱が出たらそうなることもあるよな?と柔らかく笑ってくれる。
それからつないだ手をぎゅっと握って、コメカミにひとつくちづけをくれた。
「大丈夫やよ。環ちゃん。俺、ここにおるから」
「……ほんと?」
「ああ、ほんまや。だから落ち着いて?」
そう、ぽんぽんと手をなでられれば、あたしはほっと安堵のため息を吐いた。
だが、しばらくそうして落ち着いてくると、だんだん理性が戻ってきた。
今までの自分の醜態を思い出し、羞恥に熱のせいでなく赤くなる。
「えっと、わがまま言ってこめんなさい。熱のせいで混乱して……」
それに紅原は「ええんよ」と苦笑する。
「熱のせいやし。むしろ心細い時に呼んでくれたんが、俺の名前で嬉しかったし」
言いながら、手の甲に口づけされ、羞恥心に頭がクラクラした。
「それより、環ちゃん。なんか食べられる?」
言われて、そう言えば、どこからか、食べ物の匂いが漂ってくるのを感じた。
しかし、美味しそうと感じる反面、喉にある違和感はそれの受付を拒否するようにゴロゴロとした気持ち悪さを訴える。試しに唾を飲み込めば、喉に詰まるような違和感にうまく飲み込めない。固形物はとても無理な気がいた。
「……ちょっと、無理かも」
「そっか。……でも少しでも食べへんと薬飲まれへんからな」
少し考えたあと、紅原は何か思いついたかのように、立ち上がった。
そのまま出ていこうとする彼に慌てる。
「ど、何処行くの?」
先ほどの孤独感がまだ残っていたようで、ひとり残されそうな雰囲気に、手にすがる。
すると、驚いたような顔を一瞬、すぐに安心させるように微笑みを向けられる。
「すぐ、もどるから、ちょっとだけ待ってて?」
「……ほんとに?」
自分でも子供みたいだと思うのだが、この時はひどく心細くて、怖かった。
だが紅原は嫌な顔一つしないで、優しく語りかける。
「ほんまや、一分もかからへんから、ええこで待って?」
言われて頭をなでられれば、これ以上追いすがれない。
怖かったが、手を離すと、紅原はすぐに部屋を出て行った。
そして、何かを抱えて、宣言通り一分とかからず戻ってきた。
「これなら食べられるかな?」
そう言って見せられたのは、お高いメーカーのアイスクリームのカップだった。
コンビニなどにも売られているが、通常の二倍以上する茶色いパッケージのやつ。
あたしは思わず目を見開く。
まさか、紅原がアイスを持ってくるとは思わず、固まっていると、紅原に心配そうに覗き込まれた。
「……これもダメ?」
その言葉に慌てて首を振る。
するとほっとしたように微笑んだ紅原が、食べやすいようにと背を起こしてくれた。
熱のせいで筋肉疲労がすごい。ビキビキと音がなりそうだ。
さっきから、体が動かせないのもそのせいらしく、ベッドに上体を起こすだけなのに、ひどく骨が折れた。
だが、少し動かしたことで可動範囲は広がり、なんとか上半身は動かせるようになった。座って人心地ついて、あたしはワクワクしながら手を差し出した。
「ありがとうございます。アイス……」
あたしの動きに一瞬驚いた顔をした紅原だが、すぐに笑ってアイスの蓋を開けた。
おや、パッケージを開けてくれるのか。そう思っていたら内蓋まで開けて、さっくりと持っていた匙をアイスに突っ込んだ。
あれ?くれるんじゃないのか、と思ったら、アイスを掬ったスプーンを差し出された。
「はい、あーん」
紅原の行動に驚き硬直する。
「いや、円。自分で……」
「ほら、早よ食べんと溶けて落ちるよ?」
指摘されてスプーンを見れば、今にも落ちてしまいそうだった。
あたしは慌ててスプーンを口に含んだ。
その瞬間広がる冷たさと甘さと濃さに、あたしは恍惚とした。
バニラの芳醇な香りと甘さとなめらかな舌触りがそのまま喉に心地よく溶けた。
美味しい……。
久しぶりの好物の味にあたしはほうっとため息を吐く。
「なんや、……うまそうに食べるな?」
「好きなんです。アイスクリーム」
このメーカーのバニラアイスは実はあたしの好物の一つだった。
とはいえ、値段が値段のため、あたしは滅多に口にすることができない。
幼い頃、風邪をひいた時だけ、母が勝手食べさせてくれた。
特別な食べ物なのだ。
そのことを話せば、紅原は驚いていたが、「そっか」とだけ言って嬉しそうに笑った。
「まだ食べるよな?」
それに力いっぱい頷くが、差し出されるスプーンにあたしはハッとした。
「えっと一人で食べられますから……」
しかし、紅原はスプーンの柄を離さない。
「これで食べてもええやん」
「は、恥ずかしいんですよ」
「大丈夫やて、ここ俺らしかおらへんし」
ニコニコ嬉しそうに笑われれば、もはや抵抗する気も溶けた。
どうせ二人きりなのだ。あたしは諦めて、紅原自ら口に運んでくれるアイスを堪能することにした。
そして、最後の一掬い程度のアイスの残量となった頃だった。
「……環ちゃん美味しそうに食べるな?」
「美味しいですから」
濃厚なバニラはやはり百円程度で売られる他の安いだけのアイスとは比べ物にならない。
早く最後の一口を食べたくてウズウズしてたら、何を考えたか、少し考えるように紅原はスプーンを差し出してこない。
そしておもむろに最後にひと掬いをなんと自分の口に入れた。
「え?」
当然のようにくれるものと思っていたため、愕然とする。
いや、まあ、あれ紅原が買ってきたものだろうし、一口ぐらい食べる権利があるのはわかる。
でも最後の一口で、それはないんじゃないだろうか。
思わず、にらみそうになった時だった。
不意に影がさしたかと思えば、紅原はあたしの肩を抱き寄せると、そのまま唇を合わせてきた。
思いがけず、それを受ければ、とろりと甘い味が口内に広がった。
それは先ほど食べていたアイスクリーム。
だが、柔らかな唇の隙間から流し込まれるそれは、先ほど食べたものより甘い気がした。
こぼれないようぴったりと合わされた唇はあたしが流し込まれたものを嚥下し終えると、一度はなされ、再度合わされ離された。
いつもよりずっと短い口づけ。だが、今のあたしは鼻で息ができないので、かなり苦しかった。思わず息が上がってしまい、あたしはぐったりしてしまう。
その様子に、紅原は苦笑する。
「ごめん。あんまり、美味しそうやったから……」
つい食べてもうた、ともう一度、今度はついばむようなキスを落としてくる。
さらには、口のはし、頬、こめかみとキスを落とす、紅原にあたしは思わず身をよじった。
「……ちょ、風邪が感染りますよ?」
「大丈夫。人間の風邪は俺らには感染らへんから」
それは嘘だとわかって、反論しようとするが、その前に口を塞がれる。
その際、何か固形のものが、口移しに飲まされる。
なんだろうと思ったが、深く口づけられ、口内を蹂躙されれば、それどころではない。
呼吸のことは考えてくれてるみたいで、何度か口づけは緩急つけてもらえるものの、息は上がる。
酸欠なのか熱のせいなのか、頭が呆としてきた頃に唇をはなされ、抱きしめられた。
「環ちゃん、好きやで」
耳元で囁かれる言葉にあたしは苦しい息の中でも幸福を感じて彼の胸に頬をすりよせた。
「……あたしもですよ」
大好きだ。こんなに人を好きになったのは多分この人が最初で最後だと思うくらい。
そう伝えれば、抱擁は強くなる。全身を包む慣れた体温にあたしは安心した。
再び熱が上がり始めたのか、呆とするが先程のような不安は感じなかった。
ここに入れば怖くなかった。ひとりじゃないと実感できる場所。ここなら闇も怖くない。
優しく背中を叩いてくれるゆりかごに似た振動にあたしの意識はゆるゆると闇に溶け出す。
「……ゆっくりお休み」と紅原の声ととともに額に優しいキスを感じたのを最後にあたしは再び休息に身をゆだねた。




