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「よく考えてください。同情だけであたしみたいな地位も頭も美貌もない人間を正妃にしたところでどうなりますか?そもそも誰も納得しません」

「同情じゃない。同情だけならこんな風に抱きしめたりキスしたりしないし、…同情だけなら結婚してくれなんて言えるか!」


 それを言われるとあたしも自分の顔に熱が上がるのを感じる。

 そういえばさっきそんなことを言われたけど。


「なあ、お前はこの感情を同情だといった。

 けど、俺は最初お前のことあの時の子供だと気付かなかった。

 ひどい話だけどな。気づかなかったんだ。

 最初こそ見間違えたけど、生きているなんて思わなかったんだ」


 似ている、とは思っていたと彼は語る。

 しかし確証はなかった。

 それが確信へと変わったのはあたしが目覚めて図書室へと移動したあの通路を使ったから。

 あの通路は王族用の脱出口で、あの存在を知っているのは王族を別にすればあたしだけなのだという。


「正直怖かった。

 あの時の子供が生きていたのはうれしいが、まさかお前だなんて。

 恨まれても憎まれても仕方がないことをしたとは思っている。

 だがお前の様子では俺があの時の子供だとは気付いていない様子だったから。

 ずるい、考えだと思ったんだが安心したんだ」


 思い出されなければ糾弾は受けないし、嫌われることもない。

 通路が開いているのを見て、このまま逃がしてやるのもまた一つの選択だと思った、と彼は語る。


「けれど、お前がいない寝台を見てどうしようもなく追ってしまった。

 償いの感情ではない。同情なんてそんなきれいなもんでもない」


 これはもっとドロドロした感情だ、と自嘲めいた顔で彼は語る。


「……確かにお前はあの時の子供だ。けど今俺がほしいのは目の前のお前であの時の子供じゃない。薄情だと思うかもしれない。けど、俺が言葉を告げたいのは、お前だけだ。

 恥ずかしい思いをしてでも言葉を伝えたいのはお前なんだよ」


 彼は必死に胸の内を語ってくれている。

 それは痛いほど伝わってきた。

 胸が痛い。痛くて泣きそうだったが、こらえた。

 だってあたしは今泣く資格なんかない完璧な加害者だから。

 正直になればあたしは今嬉しかった。

 こんな風に言われて思いを告げられ彼を嫌うのは難しい。

 そもそも過去の事件も誤解だとあたしは完全に理解した。

 嬉しかった、嬉しくて嬉しくて、本当なんて愚かな女なんだろうと思う。

 彼は苦しんでいるのに、本当になんてひどい女か。


 彼がこれほど苦しい胸の内をさらけ出すのはたぶんさっきあたしが言葉にしてほしいといったから。

 そうならば、あたしはなんて残酷な女だろう。

 彼は同情ではないといったが、それでも過去のことは必ず彼の罪を意識させる。

 あたしに関する彼の記憶はおそらく傷みしか伴わないものだろう。

 自分のせいで殺しかけた子供の記憶なんてまさに亡霊のようだと思った。

 あたしといればいつまでもこの人は記憶に苛まれ続けるのではないか。それがひどく怖く思えた。

 そんな傷口をえぐるような真似をさせている自分自身という存在はどう考えても彼のためにならないだろう。

 だからあたしは自分の心に半分嘘をつく。


「……あたしは。他の人に本当にさっきみたいな言葉を言っていなかったなんてわからないし」

「…俺が信用できない?」


 あたしは頷いた。

 これは半分本当。

 あたしは結局この王子を信用しきれないのだ。

 誤解とはいえ一度裏切られているのだ。

 信用するには再会してからあまりに時間が少ない。

 だが、半分は嘘だ。

 たぶん彼の言葉は嘘じゃない。

 というより信じたいのが半分。

 中途半端な気持ちに自分自身に嫌悪感を感じた。


「わかった。家に帰してやる。…今はな」


 家に帰してくれるという王子の言葉にほっと安堵の息をつく。

 だがあっさりとした様子に少しだけ胸が痛む。

 本当に身勝手な女だあたしは。

 自己嫌悪に沈むあたしは最後につけたされた言葉を聞き逃した。

 そのまま帰途につこうとする。


「……あ、ありがとう。あの、それじゃあ…」

「ちょっと待て、まさかそのままで帰るつもりなのか?」

「え?そうですけど…」

「お前は…、ちょっとは恥じらい持て。それ、寝間着だろ。」


 言われて、そういえば寝間着のまま出てきていたことを思い出す。

 だが、別にそんなに問題ない気もする。

 今は夜だし、家までそう遠くないから人目を避ければ何とかなると思うのだ。

 しかもケープかぶってるし。そこまでひどい格好だとは思わないのだが。

 あ、もしかして高いものだから返せってこと?


「え、えっと。でも着るものこれしかなくて。…後でちゃんと洗ってお返ししますから」

「そういう問題じゃない。一度通路から部屋に戻れ。服を用意してやるから。そんなに不安そうな顔をしなくても帰してやるから」

「…本当ですね?」

「…ああ。だからそんな恰好を俺以外の男にさらさないでくれ」


 ええ、そりゃ寝間着とはいえこれとってもデザインもきれいだし、あたしに似合ってないのはわかるけど。人に見せられないなんて結構ひどい言いようだ。


「…似合ってないはわかりますけど、上掛けあるし、そんなみすぼらしいこともないと思うんですけど」

「みすぼらしいなんて一度も言ってないだろ!

 それだと柔らかすぎて体の線出てるし、生地は薄いし。少し触れただけで…っ。

 …なんにしても、お前自分のこと過小評価ししすぎなんだよ。

 今だって俺がどんだけ我慢しているか」

「え?我慢ってなにを?」

「…早く行け。気が変わるかもしれないぞ。」


 言われてしまえば、あたしは慌てて踵を返す。

 通路に入る前に一度だけ振り返る。


「あの…」

「なんだ?」

「…あの時も今も、助けてくれてありがとうございました」


 ぺこりと頭を下げると息をのまれた。

 お礼を言われるとは思わなかったのだろう。

 だがお礼は当然だ。

 なんだかんだあるが、過去だって彼がいなかったらたぶんあたしたち親子は餓死していた。

 それに今度の騒動でも彼はあたしを救ってくれた。

 彼には感謝しているし、…彼は嫌いではない。

 …いや、おそらく好きなのだろう。あたし自身も。

 けれどただその好きが彼の持つ背景を乗り越えられるほど強くないだけだ。

 彼の気持ちにこたえられないのもあたし自身の臆病さのせいでしかない。

 だからありがとう、でもごめんなさい。

 言葉にできない感謝を込めつつも、あたしは彼に背を向け通路に入るため今度こそ歩き出す。

 けれど、その入り口の手前で呼び止められた。


「…っ。ちょっと待て」

「え?」


 振り返りざま顎を取られ、気付いた時には唇を奪われている。

 先ほどの奪うような息苦しさのない、触れるだけのやさしいキスだった。

 すぐに離れた唇だったが、どこか不安に帯びた視線が絡む。


「…なあ、キスを嫌がらない程度に好かれているって自惚れてもよいか?」


 そう耳元でささやかれれば、顔に一気に熱が上がる。

 あまりの恥ずかしさに、俯きそうになる顔を彼は手でそれを制する。

 俯けず彼の美貌を正面に受け、慌てて視線だけを逸らす。

 そんなあたしの動揺が面白いのか、彼がわずかに口端を上げた。


「…返事。よくても悪くても伝えなきゃわかんない。嫌なら嫌って言え。」


 その言葉に彼にばかりそれを強要するのは確かにフェアじゃないと思った。

 だから。


「…別に嫌というわけじゃ…」


 我ながら可愛くない答えだという自覚はあるが、彼はそれでも嬉しそうに再び唇を寄せてきた。

 本当は彼の立場を考えても、結婚の覚悟のないあたしが受けるべきでないことは頭では分かっていた。

 だけど、なぜかあたしは彼の体温を拒めなかった。

 やさしく落とされるそれをあたしは今度こそ多少の覚悟を決めてそれを受けた。

 結局その後あたしが寝間着を着替えて家に帰れたのは翌日のこととなった。


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