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それから強く腕の中に抱き込まれたが、あたしは暴れた。
「離して!」
「嫌だ」
拒否されておびえた。
だって、この人は。
あたしを殺そうとしたあの貴族の男の子だ。
理由なんてなくあたしを殺そうと嘘を教えた人。
ああ、なんてことなんだろう。こんな人がこの国の王太子?
悪い夢だと言ってくれ。
自分の見る目のなさに悔しさに涙が出そうになった。
今まで見せられた顔にいつの間にか信頼していたらしい。
その信頼が暗い過去に塗りつぶされている。
今やあたしを押さえつけるこの手があたしをひねりつぶそうとしているとしか思えなかった。
あたしは震えを押し隠し、今まで聞きたくても聞けなかった疑問をぶつけた。
「何であたしを殺そうとしたの?」
「あれは…。誤解だ」
「何が誤解?さぞ、滑稽だったでしょうね?
お菓子もらったくらいであっさり信用した貧民の子供が自分の言ったことを鵜呑みにして食べられない草を探しに行く姿なんて」
「違う、違うんだ」
「何が違うの?あたしは実際に死にかけてた。さらには、こんな平民からかって。
今度は結婚詐欺でもしてまたあたしを笑う気だったの?」
「違う、あれは…」
「言い訳なんてしないで!」
信じられない!どんな言葉でも信じられるわけがない!
貴族なんて信じたのがそもそもの間違いなんだ!
やっぱりこんな城来るんじゃなかった。
無理やり連れてこられる前に抵抗すればよかった。
勝手にあたしをここに追いやった自称神様を呪う。
「話を聞いてくれ」
「いやっ!」
「言葉にしなくちゃ伝わらないといったのはお前だろう。
お前も理解するように聞けよ!」
恫喝され驚きに、あたしは暴れるのをやめた。
確かにさっきあたしが言った言葉だ。
錯乱して暴れたところで状況は変わらない。
疲れたのもあって、あたしは彼の腕の中で力を抜いた。
しかし、いつだってその腕から逃れられるように隙を探しつつだが。
あたしが暴れないことで安堵したのか、王子のため息を吐く声が聞こえた。
それになぜかひどく悲しい気持ちが襲ってきて、泣きそうになるが、今度こそ我慢する。
震える肩を押さえつけられるように抱きしめられたまま、相手の顔を見られずあたしは王子の肩口に顔を押し付けた。
その頭をあやす様に王子が撫でた。
やさしい手つきにほだされそうになりつつ、気を許さないようにしていると、頭上からポツリポツリと王子の言葉が聞こえた。
「知らなかったんだ。
まさかあの菓子に毒が入っていたなんて。
勉強不足であれが、薬草と紙一重の毒草だっていうのも」
「え?」
王子がポツリポツリと話してくれた話によれば、あの時王子があたしにくれたお菓子の中に遅効性の毒が仕込まれていたらしい。
彼付きのメイドの中に政治的に彼の父親と対立していた貴族に買収されていた者がおり、そのメイドはいつも彼がこっそり貯めていた菓子の箱に毒物入りの菓子を忍び込ませたのだという。
それを知らずにお菓子をすべて食い意地の張ったあたしが食べてしまった。
あたしと別れた直後、そのことが発覚し青ざめた。
だが、今更名前も知らない貧民のような姿をした娘を探すのはできず。
王子はあたしが死んだものと思ったらしい。
さらには勉強中の薬学では女の子に伝えた知識が間違っていたことも王子に衝撃を与えた。
その頃王子は王太子でもなんでもない、ただの力も何もない王族の一人であり、将来どうなるかさえ分からないほどひどく不安定な地位だったらしい。
そんな宙ぶらりんの中将来への不安から少々自暴自棄気味になっていた彼は、王族に義務付けられた勉強すら放り出すありさまだったらしい。
だから薬学の知識も正確ではなかった。
ただうろ覚えの知識で、教師から教わった「これは毒消しの薬草」という言葉だけを鵜呑みにして、少女に伝えた。
薬として飲めるのだから食べられるだろうという安直な理由で。
しかし、それすら少女の命を奪うものだった。
教えた草は毒を受けたものなら中和するが、それそのものは毒というものだった。
自分の二重の過ちに彼は絶望した。
自分のあやふやな知識で人の、何の罪もない子供の命を奪ってしまったことで自分の罪を自覚した。
ついにはその罪の重さに耐えきれず両親に相談すれば、少女を探すことの代償にこっぴどく殴られたうえで、一週間の断食の上塔に閉じ込められたらしい。
だが、そうしても名前も何もわからない、さらには死んでいる可能性が限りなく高い少女の行方など知りようなく、ただ自分の過ちだけを悔いた。
「…その時に俺は誓ったんだ。
年端もいかない子供がその辺の草を食べ物として求めなければならない国なんて何の意味がある。そんな子供が出ない場所にこの国を建てなおす。それが俺の存在意義だ」
その話を聞いて、あたしはどう感じれが良いのかわからなかった。
あの出来事が、彼の変わるきっかけになったのだとしたら、国のことを考えればよいことだったのだろう。
そして、誤解だというのはなんとなくわかった。
彼の悔いる気持ちは話すたびに苦しいほどに強くなる抱擁が雄弁に語ってくれる。
それで十分だった。
むしろ今までどうしてあんなにやさしくお菓子をくれた男の子が自分を殺そうとしたのか、わからない疑問が解決して安堵している自分の気持ちも感じている。
ほのかに温かみのあるその感情に、思ったよりも自分が彼を憎んでいないこともわかって安心する。
けれど、感情はそれだけでは終わってくれなかった。
貴族に対する平民を人間扱いしない不信感はまるで消えなかった。嫌悪感と言い換えてもいい。
それはおそらく彼に対するものではない。
ただ彼が貴族、王族に属しその陰謀に巻き込まれたためにあたしが死にかけた事実は消えないのだ。
正直、あたしには彼の告白に対する覚悟も何もかも足りない。
過去のことは言い募ったところで所詮なにも変わらない。
だが、もしこのまま流されるようにこの人の告白を受けてしまったら、あたし自身ふたたび彼を狙う悪意に飲まれてしまう。
たぶんあたしも過去の感情を感じても彼に好意は感じている。
心入れ替えたという彼は立派だと思うし、彼の体温はそんなに不快ではない。
だが自分の身の安全とそれを天秤に乗せて彼を選ぶほどあたしの中で彼の存在は大きくない。
「…誤解だというのは受け入れます。けど、あなたの好意は受けられません。結婚も無理ですよ」
「…何で?」
たぶん、ここまで女に言いよって拒否されるなんて経験がないのだろう。
驚く彼になんだか「してやったり」という少しだけ愉快な気分になるあたしは性格が悪い。
「…あなたのそれはあたしに対する同情です。同情だけで結婚なんて続けられませんよ」
「俺がいつお前に同情したと?」
同情以外であたしみたいな普通の女が彼みたいに特別な存在が興味を持つとでも?
本当にただの恋愛感情で好かれるなんて思う方が頭おかしいと思うしかない。
大体あたしのことなんて知らないだろうに。
勝手に過去の思い出を美化して神聖化して今のあたしを好きだと思っているだけだ。
今のあたしはあの時語った夢に対して全く努力をしていない。
生活を理由にして怠けきったあたしはあの頃よりずっと醜い存在なのだ。
それに思い出は美しいものだ。あの時の思い出と異なる自分を見られて失望されるのがわかっていてどうして一緒にいられよう。




