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バレンタイン企画<蒼矢>

バレンタイン企画。

※全てif話。物語の進行上にはまったく関係ございません。

※書きたかったからかいた、それだけです。苦情は受け付けません。


・主人公より。チョコレートをもらったシチュエーションで各攻略キャラ。

・今回は蒼矢会長。


・設定はゲーム世界を無事乗り切った翌々年、主人公大学一年生。

・それぞれとは恋人同士設定。

・がちR15の上でアマアマデレデレです。テンサイ投げないでください。げふ。

・キャラ崩壊しているかも?気をつけてご生還ください。

・本編のネタバレ要素はありませんが、本編読後がもちろん推奨

 その日、蒼矢は心底イラついていた。

 移動中の車内。そこそこ広い車の車内のはずだが、運転席と後部座席の片側、蒼矢のいる席以外はあるもので完全に埋まっていた。

 むせ返るような甘い芳香に嫌気がさして、先程から窓を開けて匂いを逃がしていたが、それでも全く効果がないほど、大量に積み上げられていたそれはチョコレートやクッキーなどに類されるお菓子の数々だった。

 今日は2月14日。バレンタインデーと呼ばれる、女子から男子へチョコレートを贈る日だ。チョコレートを贈る風習自体日本独自のものだが、これに関して別に蒼矢はとやかく言うつもりはない。


 そんなことは毎年のことなのでどうでもいい。

 それより蒼矢をイラつかせていることは別にあった。


(…どうしてあいつはなにも言ってこないんだ?)


 開いた窓の外を睨みつける。別に外に目当ての人間がいたわけではない。

 明かりとネオンが輝く街並みには大勢の人たちが楽しそうに歩いている。その中には男女の組み合わせは多く、なぜかその光景は蒼矢を苛立たせた。

 今まではこんな気持ちになったことはなかった。

 蒼矢は今まで女で苦労した経験などなかったし、そもそも女など放っておいても勝手に近づいてくる面倒くさい存在だった。

 なのに、今、とある存在が隣にいないことがなぜかひどく苛立たしかった。


 その女と出会ったのは、高校三年の時だった。

 全身ずぶ濡れの彼女を蒼矢は最初幽霊だと勘違いして失態を晒した。

 その後もいろいろあり、紆余曲折の上、蒼矢のことを迷惑そうにしか見ないその女に交際を無理矢理了承させたのはついこの間だ。

 まったく、この自分が一人の女にここまで振り回されるとは思っていなかった。

 それを言うと、決まって彼女の方が「振り回されているのはこちら」と不機嫌そうな顔をするのだが。

 その様子を思いだし、思いがけず口元を緩めてしまう。


「……社長、気持ち悪い」


 運転席からの声にハッとして、前を見る。

 いつの間にか信号待ちに捕まっていた車のバックミラーからこちらを覗く視線に気づいた。

 蒼矢の現在の身分は大学生だが、高校を出て親の家業とは関係なく立ち上げたベンチャー企業が成功し、現在学生社長の身分にいた。

 一年遅れて入学してきた従兄弟を巻き込んでのそれは急成長を続けており、学生企業とは言え、蒼矢自身のルックスと肩書き目当てのマスコミが殺到し、現在日本ではそれなりに名の知れた存在になっている。

 だが、一時的なマスコミの話題性などあまり期待はしていなかった。

 華やかに見える学生ベンチャーだが、その内情は決して華やかでも甘くもない。

 その裏では取引先とのやり取りや、今後続けていくための資金繰りの根回しなど、地道な作業がある。

 大学一年の時に立ち上げた当初はなかなかうまくいっていなかったそれが、一年遅れで入ってきた従兄弟を交えてからは格段とスムーズにうまくいくようになっていた。もともと、調停のうまい従兄弟は表には出ないが、蒼矢をうまく立てて利用することで、立ち上げ当初では予想もしなかった規模へと企業を成長させていた。

 とはいえ、彼が表にでばってくることはまるでない。

 大事な決定は必ず蒼矢や他の立ち上げメンバーにさせるし、彼らの意見を決して否定せず、やんわりと軌道修正する手腕は蒼矢には真似できそうにない。

 企業拡大の功労者でありながら、その存在は完全に縁の下の力持ちだ。

 今日も蒼矢が取引を決め、彼がセッティングした取引先企業との会談を済ませて帰る途中だった。

 車に積まれた菓子類はその道中に渡されたものや、取引企業の女子社員などから送られたものだ。

 他に午前中に寄った大学で大学事務局に預かってもらっていた、蒼矢宛のプレゼントを回収したため、とんでもない量が車に積み上げられる結果になっている。

 ついでに車の収納も全て使っても溢れてしまっている状態だ。

 最近免許を取ったため運転したいという紅原の車で自宅に向かっていた。


「なんだよ、円。気持ち悪いとは、失礼だぞ」


 赤毛の従兄弟兼現在のビジネスパートナーである紅原を鏡越しに半眼でにらめば、軽く肩をすくめられた。


「気持ち悪いものは気持ち悪いですよ。どうせ、彼女の事考えとったんやろ?」


 図星を突かれたが、それをお首にも出さない処世術は蒼矢は身につけている。


「そんなことはない」

「ほんまですかね?……まあ、それでもいいですけど。

 それより、寂しいですね。

 これだけ、たくさんの愛をもらっておきながら、捨てるなんて」


 彼の愛とはおそらく菓子類のことを行っているのだろう。

 蒼矢にとって、押しつけでしかないのだが、それが非難に聞こえて、少しだけ眉根を寄せた。


「仕方がないだろう。理由はお前にもわかっているだろう?」


 蒼矢に送られたこれらのものは全て捨てられる運命にある。

 蒼矢グループの後継者として目されている蒼矢には常に毒殺などの危険がつきまとっている。この中に悪意が仕込まれている可能性がないとも言い切れず、また、毒見がこの量を処理できる訳もなく、あえなく全て捨てられる運命なのだ。

 毎年、この時期になるとどうやって消費しろと言うのか、とも思えるべき大量の物が送られてくるが、もったいない話だ。

 

「まあ、知ってますけどね。あ、知ってます?その一番上のチョコレート一粒千円以上するとこのやつですよ?その下のも結構有名なホテルので……」

「……何が言いたい」

「どう考えても本命チョコってこと。彼女たちに変な期待もたせとる時点で社長にも問題があるとちゃいますか?」


 紅原が揶揄しているのはおそらく対外的に蒼矢には「恋人はいない」と言っていることだろう。

 現在蒼矢たちの会社は事業の目新しさもあるが、なにより蒼矢のビジュアルに頼っているところが大きかった。

 マスコミに取り上げられる新進気鋭の学生ベンチャー企業。それが会社の売りになっている以上、蒼矢もアイドルよろしくある程度、ファンサービスというものをせざるを得ない。

 マスコミが食いついているのは独身で若い、ルックス最高の起業家という肩書きだ。

 いつか商品で認めさせようとは思っているが、たかだか出来て一年ほどの学生ベンチャーがこれほど有名になったのは蒼矢がいたからこそだ。


 その蒼矢に実は恋人がいるなど、知られれば会社自体のイメージダウンにつながりかねない。


「それこそ、仕方ないじゃないか。お前だって了承したことだろう?」

「そうですけど、彼女の事考えるとどうもね」


 紅原も同じ高校に通っており、同学年であるから彼女のことは知っている。

 というか、蒼矢からすれば親しすぎるくらいだ。

 優しく気の利く従兄弟と一緒にいる彼女は蒼矢といるときより、なんだか感情的な気がして少し面白くない。

 だが、紅原は友達だと言い切るし、彼女が二股かけられるほど器用でないことは知っているので、くすぶっている思いはあるが、口にしたりはしなかった。


 彼女のことを思うと、蒼矢は嬉しいような切ないようなさみしいような。複雑な感情で支配される。

 全く彼女以外に覚えたことのない感情だった。幼い頃から二人も許嫁がいたが、二人にそんな感情を向けたことはない。

 彼女の事を愛している。それだけははっきりとしていることなのに、それを表に出すことは許されていなかった。


 実は許嫁たちとの関係は現在保留になっている。

 彼女たちには気持ちを伝え、本人間では気持ちの決着はついている。

 しかし、それを一族が許さない。

 当たり前だ。蒼矢でさえ、自分のことでなければ、許さないと思っていたことだろう。

 未だ、彼女が吸血鬼の花嫁でないことも一族は気に入らない。

 どうしてもというなら、愛人にすればいいという声さえあるのだ。

 だが、そこまでして彼女が蒼矢の元にいてくれるとは考えにくかった。


 恋人になるのも苦労したのだ。

 彼女側から蒼矢を求められたことはない。

 自立心の高すぎる彼女のことだ。おそらく、愛人のあの字を出そうものなら、さっさと蒼矢の前から姿を消すだろう。

 未だに、会うたびに少し迷惑そうな顔をする恋人に蒼矢は憂鬱になった。

 彼女は恋人として紹介されないことなど気にしないだろう。悲しいことに。

 事実、対外的に恋人がいないこととすると言った時に反応もそっけないものだった。


「あいつなら大丈夫だろう。平然としていたし。

 それに、大体バレンタインと言って浮かれるような女じゃない。なんとも思わんだろう」


 自分でもびっくりするほど冷たい言葉でつぶやいたとき、突然車が止まった。

 家についたのかと思ったが、外はいつの間にか住宅街の中で、小さな公園の前だった。

 知らない場所に、蒼矢は怪訝に思って紅原に声をかけようとしたが、先に口を開いたのは紅原だった。


「……本当にそう思っとるん?」


 静かな声だった。

 だが、普段陽気なほど陽気な従兄弟から放たれるそれは存外蒼矢に冷水を浴びせた。

 蒼矢は即答できなかった。


「それは……」

「彼女の事、そんな風に思っとるん?だったら、俺、社長の見方かえなあかんわ」


 振り返った、紅原の目にたぎる色を見て、蒼矢は驚いた。

 だが、その色はすぐに消えて、いつもの何を考えているのかわからない色が戻った。

 その上で、視線をどこかに反らせた紅原が突然、車から降りたかと思うと、蒼矢のいる後部座席の扉を開けた。


「……降りや」

「は?」


 あまりの展開に訳も分からず引っ張り出される。

 普段であれば紅原相手に決してさせない暴挙だが、彼女のことで少なからず動揺していた蒼矢は逆らえなかった。

 そうして蒼矢を下ろすと、紅原は再び、運転席に消えた。

 呆然としている蒼矢に珍しく冷たい一瞥をやると、「荷物は適当に処分しとくから一人で帰って頭を冷やせ」的なことを言って車ごと去っていった。


 その光景を呆然と見送った蒼矢は、車が角を曲がったあたりで、はたと気づいた。

 ここはどこだ。

 見回すが、知らない住宅街だ。

 ポケットを探ると幸い、携帯と財布は持っていた。

 とはいえ、車以外の交通手段を使ったことがない、蒼矢は途方にくれた。

 電車やバスは乗ったことがないため使い方がわからないし、大通りに出てタクシーを拾うしかない。

 だが、大通りの位置もわからない。

 仕方なく、適当に歩きだそうとした時だった。


「会長?」


 突然かかった声に驚いた。

 今聞くとは思っていなかった声に振り返ると、よく知る姿があった。


「っ!お前、なんで…」


 時刻は夜八時を少し回ったあたり。

 深夜とは言えないが、普通に出歩かない時間になぜ彼女がいるのか。

 それよりも赤い綿入りの不思議な着物を着た彼女の手にあるものが気になった。


「…なにを持っているんだ?」


 見慣れない黄色いプラスチック製の入れ物にタオルやらなにやらいれて抱えている彼女の姿に違和感を覚えて思わず聞くと、こんなことも知らないのかという目で見られた。

 良くも悪くもこんな目を蒼矢に向けてくるのは彼女だけだ。

 だが面倒くさそうにしながらも律儀に答えをくれた。


「銭湯に行ってきたので入浴用品ですよ。風呂桶とタオルと着替えとか」

「銭湯?…ああ、知ってるぞ。確か金を払って家とは別の風呂に入りに行くところだろう?」

「あ、知ってたんですね。はい、正解です。」


 えらい、えらいと生温かな目で見られて、若干相変わらず馬鹿にされている気がしないでもない言葉だが、彼女はいつもこんな調子だ。


「でも、それより、こんな時間にこんなところでどうしたんですか?確か今日は一日中遅くまで仕事だって……」


 彼女の言葉に蒼矢は驚いた。

 彼女にはここ最近、会えなかったため、今日の仕事の状況など伝えたりしていなかった。

 もしかして、紅原と秘密でつながってでもいるのかと一瞬疑いが擡げた。


「…誰に聞いたんだ?」


 慎重に尋ねるこちらに対し彼女はのんきな様子で首をかしげた。


「ネットですよ。会長の会社のHPに載ってましたよ?知らないんですか?」


 彼女の言葉に驚いたと同時に、そういえば紅原が宣伝も兼ねてスケジュールをHPに掲載するとか、そんなことを言っていたのを思い出す。

 で?なんでこんなところにいるんですか?と迷惑そうに聞く彼女の姿にふと思いつくものがあった。


「…もしかしてお前の家、このあたりか?」

「そうですけど、…ここがどこだかわかっていなかったんですか?」


 変わらない彼女の態度は気にせず、蒼矢は思案して、勝手に決定した。


「よし、じゃあ俺をお前の家に連れて行け」

「は?突然、何でですか?嫌ですよ」


 即答されるがここで引き下がっては、今彼女の恋人などやっていない。


「じゃあ、勝手に後をつける」

「は?何勝手なことを言ってるんですか!堂々とストーカー発言しないでください」

「ストーカーなんて、相変わらず失礼な奴だな」

「とにかく、今家散らかっているんで、上げられないんです。車でもなんでも呼んでおとなしく帰ってください。」


 珍しく焦ったような困った顔の彼女を不思議に思う。


「そんなこと気にしないが」

「あたしが気にするんです。それにあたしの部屋狭いし」

「それこそ気にしない。俺はお前の部屋が見たい」


 言い切れば、なぜか絶句された。


「女子の一人暮らしに上がりこもうって気ですか?」

「何が悪い?」


 今まで付き合ってきた女たちは進んで蒼矢を部屋に誘ったものだ。

 まして彼女と蒼矢は恋人同士だ。

 一度調子に乗ってディープキスを仕掛けたら、怒って口をきいてくれなくなったので、以来触れるだけのソフトキスだけという実に清い関係だが、彼女の部屋に行くだけならなんの疾しいこともない。


「ともかく、お前の家なら運転手呼びやすいんだよ。寒いし、待たせてもらうくらいいいだろう?」


 彼女とは幾度か出掛けたりしており、その都度運転手には彼女を家まで送らせている。蒼矢が一言そういえば、来てくれるだろう。

 タクシーを拾うまでもない。


「……本当に待つだけですか?」

「疑り深いな。それ以外になにかあるのか?」


 思わず聞くと、彼女の顔がうっすら赤くなる。

 その顔に蒼矢は彼女の思考を察してにやりとする。


「なんだ、それ以上を望んでるのか?」

「そ、そんなわけがないでしょう!」

「じゃあ、いいじゃないか。」

「……ううう、もう!じゃあ、少しだけ待ってください、部屋片付けますから」


 それには異論はなかったので頷くと、彼女はあきらめに深いため息をついた後、蒼矢を伴って家へ案内してくれた。


 先に部屋に入った彼女を待つ間に車の手配を済ませて、片づけを済ませたらしい彼女に迎えられて、部屋に入った瞬間感じたことは。


「狭いとか言ったら、殴りますよ?」


 先に牽制され、口をつぐんだ。

 彼女の部屋は年頃の女子たちとは異なりものがなくシンプルで、悪く言えばそっけない。

 畳敷きの狭い室内にキッチンが備えられ、アースカラーに統一された最低限の家具は彼女らしいと言えば彼女らしいが、それらが、おかれた室内は人が日常を送るとは思えないほど狭かった。


(…これなら、俺の家のトイレのほうがまだ…)


「トイレと比べたら出てってもらいますから」

「……………そんなことは思っていないが」

「じゃあ、なんで目をそらすんですか?」

「いや…」


 気まずさに、視線をそらすと、不意に台所が目に入った。

 几帳面な彼女らしくきれいに整えられたそこになんら無駄なものがなかった。

 今日という日を示すものも何もないことに蒼矢は図らずもがっかりした。


「……なあ、今日、何日か知っているか?」

「はあ、2月14日ですけど?」


 首をかしげる彼女に落胆と同時にやはりという思いが擡げる。

 ほら、やっぱり彼女は気にもしないのだ。

 バレンタインとか浮かれたものを考える暇も蒼矢を気に掛ける暇もない忙しい彼女に、なんだかむなしさを感じた。


 お茶を入れるから座っていろという彼女に勧められるまま部屋の中央の座卓に近づく。

 すると、不意に台所と違った場所から香るものに気が付いた。


(…なんだか、甘い香りがする?)


 なぜか、それは押し入れからした。

 普段なら気にならないほど微かな匂いだが、先ほどまで嫌というほど嗅いでいた匂いなので敏感に反応した。

 まさか、と思いそっと押し入れに手をかけた途端、突然彼女が飛んできた。


「だ、だめ!」


 だが、止めようとする彼女より先に蒼矢は開いていた。


 がらっがちゃかちゃーんっ!


 盛大な金属音とともに何かが雪崩れてきた。

 驚いて一歩引いた蒼矢の足元には金属製のボウルがカランカランと回って止まった。

 どうやら調理用具のようで、ボウルや泡だて器などが散乱していた。

 そのすべてに甘い香りを放つ茶色のクリーム状の何かがまだ乾かない状態でついているのが見えた。

 どう見てもお菓子作りの後としか見えなかった。


「……これは」

「ああ!もう!だから家にあげたくなかったのに」


 彼女は悲鳴に似た声を上げて、それらを拾い上げ、おそらくまとめていたであろうビニール袋にそれらを突っ込んでいく。

 蒼矢はその手取った。

 片づけを止められた彼女が一瞬睨んでくるが、それどころではない。


「…用意してくれていたのか?」


 その言葉に、一瞬恥ずかしそうに目元を染めた彼女の姿は明らかな肯定。

 だが、なぜかすぐに目を伏せられてしまう。


「……準備はしたんですけど、現物はないです」

「?どういうことだ?」

「……どん臭いとか言わないでくださいね」


 どうやら彼女は蒼矢に手作りのお菓子を用意してくれていたらしいが、途中で泡だて器のコードを引っかけて、すべての材料をひっくり返してしまったらしい。

 さらにどん臭いことに、材料はすべて頭からひっかぶった上、自分と床にぶちまけ、片づけと材料不足で結局何一つ用意できなかったということだった。

 恥ずかしそうに顔を真っ赤にして「らしくないことをしようとしたから」とため息を吐きながら語る彼女の姿に蒼矢はなんとなくここで車を下した紅原の真意を知った気がした。

 紅原がこのことを知っていたかは知らない。

 蒼矢自身、もらえなかったショックのために彼女が用意していないだろうと、半ばやけ気味に思い込もうとしていた。そんな姿を見て紅原は言いたかったのかもしれない。

 なんで彼女を信じないのか、と。

 少しだけ彼女のことを蒼矢自身よりわかっている彼に嫉妬しそうになるが、どう考えても彼女が誰を思って何を作っていたのか一目瞭然なのでお門違いだと思い直した。


「……どうせ、高級なチョコレートとかいっぱいもらってるでしょうから必要ないとは思ったんですけど……」

「そんなことはないだろう?誰にもらうよりお前からもらえるものが俺は嬉しい」


 本音を言ったつもりだが、彼女は真っ赤な顔をしてにらんでくる。

 だがそんな仕草も可愛いとしか今の状況では思えない。

 蒼矢は笑いながら、彼女の手を取りその指先に唇を寄せた。


「っ!」


 驚いた彼女が再び調理器具を落として金属音がさらに響いたが、蒼矢は気にしなかった。

 彼女の指を丁寧に舐め取ると甘いチョコレートの味がした。

 調理器具を拾った時についたであろうそれをゆっくりと舐め取って嚥下する。

 それは甘く、とても蒼矢好みのチープな味のものだった。


「ん、甘い」

「ちょっ、会長!何やってんですか!」

「なにって、俺へのバレンタインプレゼントもらってんだけど」

「いやいやいや、一度床に落ちてんですよ?汚いでしょ?!…ってそうじゃなくて!」


 真っ赤になって混乱する彼女の様子に笑いがこみ上げる。

 その手のひらに唇を落とし、彼女の体に腕を回す。


「……じゃあ、落ちてないところのもらう」

「へ?っぅ…っ!」


 彼女の体を抱き寄せ、額にキスをした。

 驚く彼女の顔に何度も場所を変えてついばむようなキスを降らせた。


「ちょっ、会、長ぉ!なんで…?」

「さっき、原液、頭から被ったって言ってただろう?それならどこかに残ってるかもしれないじゃないか」

「ええ!?お、お風呂入ってきたし、そ、そんなわけが…あっ!」


 耳たぶを食むと彼女の体が跳ねた。舌で耳朶を丁寧になぞると、彼女の体が震えるのがわかる。


「あっ、かい、ちょ…止め…」

「やめない。だって当然の権利だろ?」

「なんの…?」

「俺へのプレゼントなんだろ?どこかに残っている可能性がある以上、全部確かめなきゃな?」

「んっ!そ、そんな馬鹿な話ありますか!こんな時だけ俺様にならな…んっ!」


 耳を攻めるのをやめて、彼女の唇を塞ぐようにキスを落とす。

 お許しが出ていないので、触れるだけだが、角度を変えて何度も重ねた。

 しばらく彼女の唇を味わっていると、真っ赤な顔の彼女の瞳がトロンとしてきたのを感じた。

 蒼矢は、そっと重ねていた唇の間から舌で彼女の歯列を叩いた。

 瞬間ビクリと彼女の体がはねたが、恐る恐るゆっくり歯列が開いた。

 お許しが出たと同時に、蒼矢はさらに深く口づけた。


「んぅ…ふっ…」


 女性にしては大きいほうだが、蒼矢より小さな彼女の体に覆いかぶさるように口付ける。逃げようとする舌を絡め、歯列をなぞり、彼女のすべてを味わい尽くすように深く口づけた。

 どちらのものともしれない液体が口からこぼれ落ち、彼女の喉を伝った。

 顔を真っ赤にして、蒼矢からのキスを受ける彼女の手が蒼矢の袖を引っ張る。

 それを合図に蒼矢は名残惜しいが、唇を離した。

 途端、彼女の胸が空気を求めて大きく上下した。

 キスに未だなれない彼女は鼻で息をするのが、得意ではない。

 それを知らずにただ己の欲望のみで彼女にキスした蒼矢は一度だけ彼女に酸欠で意識を飛ばさせたことがあった。

 それに怒った彼女が一切触れるのを禁止したのち、蒼矢にキスする場合にはちゃんとルールに沿ってするようにと条件を出してきたのだ。

 舌を入れる場合はお伺いの合図をすることや酸欠で苦しい時は袖口を引っ張るなど、だ。

 それを律儀に守っているのは、彼女に触れられない方時期があまりにも辛かったからか。自分にしてはなんともお行儀の良いことだと蒼矢は自分に呆れ返らずにはいられない。

 その位、彼女に自分が溺れていることなのだろうと思う。それが不思議と嫌だとは思わなかった。


「……まだ、いいか?」

「はっ、はあ…な、にが…?」

  

 息も絶え絶えな彼女の体を支えながら、その額にキスをする。

 それによって蒼矢のまだ収まらない欲望に気がついた彼女が身を固くした。

 肩を震えさせる彼女の耳朶に再び口付けて囁く。


「……好きだよ。……愛してる。」


 誰にも伝えたことのない言葉はすんなりと唇から溢れる。

 彼女のすんなりとした黒髪を漉きながら感じる腕の中の体温と香りは少しでも違えば、こんな言葉言えない。

 今まで何人と関係を持った女はいたが、この言葉だけは冗談でも口にしたことはない。

 彼女にだけだ。彼女だけが特別だった。


「…ず、ずる、い…」

 

 小さな声が蒼矢の肩に顔を埋める形に押し付けてくる彼女から漏れた。

 おそらくその顔は真っ赤だろう。

 純情で奥手な彼女は言葉で攻めると顔を真っ赤にして怒るけれど、言葉にしないと伝わらないこともあると、蒼矢は彼女との関係を通じて知った。

 何度もすれ違って、何度も誤解をして。

 それでも今ここに二人でいる奇跡に蒼矢は無神論者だが、運命とか言う奴に感謝したい気分だった。


「…あ、あたしも…」


 くったりと心地よい体重を預けてくる彼女が何か囁いた。

 その声の意味をはっきり耳にした瞬間、蒼矢は強く彼女を抱きしめた。


「あたしも好きです」


 ほとんど聞き取れないほどの小声で囁かれた言葉は確かに蒼矢に届いた。

 それだけで、蒼矢はこの世の誰より幸せな気分になれた。

 再び彼女にキスすべく唇を寄せる蒼矢は自身の携帯電話が鳴っていることに気付かない。


 後で、住宅街の生活道路を塞ぐ車に大家が怒鳴り込んでくるまで、二人の睦みあいは続く。

設定的に蒼矢×環←紅原ですね。紅原不憫。

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