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「接しているだけですか?」
「?…そうだが、結構あからさまにやさしくしてやってるつもりはあるんだが」
「言葉にしなければ伝わらないのでは?」
あたしの言葉に王子は目を見開く。
思ってもみないといったばかりの顔にあたしは溜息をついた。
「告白も何も言ってないんですね。それじゃあ伝わりません」
「…でも、いちいちそんなことを言うのは、その恥ずかしくないか?」
「…恥ずかしいですけど、伝えなきゃ伝わりません」
そんなものかと首をひねる王子の様子に、頭が痛くなってきた。
あたしも人の子といえるほど人付き合いうまいわけでもないし。
恋愛経験なんて皆無だけどさ。
なんとなく理解した。
この王子結構人付き合い受け身だ。
たぶんこの顔と地位のせいか。放っておいても勝手に人が寄ってくる。
相手はこの人の関心を引こうと一挙手一投足見逃さないから、望みを口にする前にきっと周りが察してしまうのだろう。
だからわざわざ自分の望みを口にしなくても相手がわかっていると思ってしまう。
だから今までの女性との付き合いもうまくいかないんじゃないか?
……面倒だな。王族。
「…?なんか言ったか」
あれ?なんか口にしてた?
まあ聞こえてないようだしいいや。
「いえ、なんでもないです。それよりそれじゃあだめですよ。王子。
ちゃんとその人好きなら言葉にしてください」
「何でだ?」
「何でというより、口にしなきゃ相手に王子の気持ち伝わらないですよ?」
「なんといえばいいんだ?」
「え、ええ?そんなの知りませんよ。『好き』とか『愛してる』とかじゃないですか?」
適当に言っててあたしが恥ずかしくなってきた。
ううう、恋愛経験値ゼロの女に何言わせる。
背中がかゆいわ!
「じゃあ、伝えたらうまくいく?」
「それは……」
保障できない。
だが、なんとなく言いづらい。ここでそんな本当のことを言って、この王子が告白する勇気が持てずに結局その人逃したら?
最悪、結婚も子供もないままこの人が次に即位して死んだらお家騒動が勃発する?
…いやいや。話が飛びすぎだが、もしかしてこの場合あたしのせいになるのか?
何、この国の行く末に飛び火しかねない選択。
そこまで責任負いかねますよ、あたしは。
…ううう、正直は人間の美徳だが、やさしい嘘というものも存在する。
この場合はどう答えたらいい?
「なあ、どうなんだ?」
答えをせかされあたしは唸った。そしてどうせ死刑になるんだからとあたしは嘘を選んだ。
「…ううう、うまくいきますよ、王子なら絶対!」
ああ、言っちゃった。
でも、相手の女が承知すれば嘘じゃないわけだし、いいか。
っていうか振ってくれるな。我が国の未来はあなたにかかってる!
「…ありがとう。少しは自信が付いた」
心の中で相手の女性にはっぱをかけていると、突然礼を言われる。
えらそうな王子様にまさかそんな言葉を言われるとはと驚いていると、突然腰に手を回され抱き寄せられた。突然の行為に呆けているとさらに驚くべき発言を落とされた。
「…環。……好きだよ。愛している。」
ええ、さっきの言葉全部言っちゃうの?と思えばこそ。
え?は?何言っちゃってんのこの人?
大陸共通語使ってる?
「え?何を、言って?」
「っ!何度も言わせるな。恥ずかしんだよ。俺も。
…だから結婚してくれと言ってる。俺の告白はうまくいくんだろ?」
えっと、目の前で頬を染めてるこの美形っていったいなんなの?
今日会って初対面。しかも一緒にいた時間は多くても一時間もないだろう。
さらにあたしは不法侵入犯。一体どこにそんな言葉を告げられる要素が!?
「え?どこの誰宛で…?」
「…お前ちゃんとわかっていってんだろ?」
「そんなことは…」
「顔、そんなに赤くして言ってる時点で説得力ない。
それにちゃんと名前を呼んでるだろう?
この場にお前以外環なんて名前の女どこにいる?
それに俺が知っている環なんて名前お前以外いない」
「いや、そもそもなんで名前…」
「お前の家族に教えてもらった。驚いた。まさかあの魔王の思い人が姉だとはな」
「え?ええ??あの短時間で素性調べたんですか?」
あたしの言葉に王子は怪訝な顔をした。
「…?短時間?…ちょっと待て、お前何か勘違いしてないか?」
「えー」
「あの事件のあった晩から今は三日ほどたっているんだぞ」
「え?」
なんですと!?
あれ以来目を覚まさないし、心配していたら今日になって突然いなくなったって大騒ぎして、肝をつぶしたとか言っている王子の言葉はあたしの耳には入ってなった。
「え?だって音楽が…」
「ああ、これは別の夜会のオーケストラだ。全く無駄遣いだと思うが、夜会を開く口実が口実だけに規制できなくて…」
「いえ、そうじゃなくて。うう、そうか三日も家を空けてしまっているんですね」
そう考えれば家は大惨事になっていることだろう。
あの家族、家事全般壊滅的だからな。
美香ちゃんはある程度大丈夫だけどあと二人が壊滅的なのだ。
「何を心配しているのか知らないが、お前の家族なら今城にいるぞ」
「え?」
それは助かった。
ではせいぜい家の三日分の埃を掃除する程度でよいことになる。
助かった、あの二人が散らかした後片付けなど一週間でも終わるかわからない。
「…こき使われているのか?お前」
「好きでやってるんですよ」
母がいなくなり父も仕事で忙しい家の中で、さみしい思いをしていたあたしに与えられた騒がしくて世話が焼けるけど、大事な家族だ。
確かに迷惑は多大に追っているけど、それだけじゃない気持ちももらっている。
あそこはあたしの帰る場所だ。
「そんなに家を空けているんだった、早く帰らなきゃ。…じゃああたしはこれで…」
「…なにさりげなく帰ろうとしているんだ?」
…ちっ、さすがに見逃してくれないか。
「…なんであたしなんですか?さっき、会ったばっかりじゃないですか」
「あったばっかりって…。…やはり気付いていなかったか。」
「え?」
「いや、思い出さないならそれがいいんだろうな」
そういいながら不安げに揺れる瞳に、なぜか記憶が揺さぶられた。
背後にある背の高い書棚を背にするその姿が何かの記憶と被る。
だがこの人をここで見たのは初めてだったはずだ。
なのにどうしてこの人を図書室で見た記憶がある?
いや、なんというかそのままの姿じゃない。
もっと彼が、背が低くて、今よりずっとあどけない。
だけど、面影はあって…。
母の生前にあったことがある?
いや、そんなはずはない。
母があたしを連れて行ったときに貴族に出くわしたことなどなかった。
あれはもっと後、母が亡くなって、父が没落し、家が貧乏でお腹を空かしていた時の…。
その記憶に行きついた途端、あたしは無意識に王子の手を払っていた。
「っ!!」
あたしの行動に驚いた王子の手はあっさりと外れる。
それを確認する間もなく、あたしは脱兎のごとく逃げ出した。
だが所詮男と女。しかも今のあたしは病み上がりの上に動きづらいずるずるとした寝間着姿だ。
あっという間につかまった。




