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「……ん」


 なんか誰かに髪を梳かれている。

 ゆるゆるとした動きで頭に沿うように動かされる指が気持ちよく、だがそんなことをしてくる相手に心当たりがなくあたしは目を開けた。

 開けた途端、目の前の光景に驚いた。


「…起きたか?」


 知らない男があたしを覗きこんでいた。

 あたしは驚きのあまり絶句した。


 聞かれた声だけは知っていた。

 部屋であたしを幽霊だと見誤り、無様に気絶した貴族だ。

 しかし先ほど犯人グループから助けてくれた恩人でもある。

 今や、その人は顔を覆う仮面をつけていなかった。

 やや青みがかった黒髪に赤色の色彩の入った不思議な色合いの黒目。

 切れ長の瞳に整った端正な顔立ちは月明かりに照らされ、まるで人ではないようだ。

 しかし、それ以前に驚いたのは。


「お、おおおお王子様!?」


 その姿は昔、現在の王様の即位式のお祭りで国民の前に姿を現した国王一家の中にあったものだ。どこか不機嫌そうだが、その美貌で国中の女を魅了したといわれる。

 あたしもその時民衆に紛れ遠目で見たので覚えている。この国の王子たる少年と同じ顔だった。


「…なんだ、今更」


 いやいや、何が今更なんですか?

 顔初見ですよ!知りませんよ!

 ていうか、なぜに?今の状況。


「何で膝枕?!」

「……お前がキスごときで意識飛ばすからだろう?

 ああ、もうすこし寝ていろ。病み上がりだろう?」


 そう言われても、そんな姿のままじゃ落ち着かない。

 あたしは無理やり起き上がった。

 王子はなぜか少しだけ顔をしかめたが、無理には引き止めなかった。

 しかし腕は掴まれた。

 まあ、そうそう逃がしてはくれないか。

 だが、薄布越しに伝わるその手の熱に気を失う前にされた行為を思い出され、羞恥に顔が赤くなるのを感じるのと同時に、そういえば逃亡中につかまったのだという事実を思い出し青ざめた。


「…どうした?赤くなったり青くなったり忙しそうだな。…ていうかなんで逃げた?」

「…う、それは…」

「やっぱりお前も俺と一緒にいるのが嫌なのか?」


 なぜか悲しそうな顔をされ、それを自分がさせていると思うと罪悪感が湧く。

 く、くそお。美形め。なんかいたたまれんじゃないか。

 視線を顔からそらしてもごもごと言い訳する。


「…いや、つかまったら縛り首が…」

「は?縛り首?何の話だ?」


 王子の声に疑問の色を感じる。

 あれ?そのつもりで追ってきたんじゃないのか?


「いや、だってあたし不法侵入だし、服も…」

「…ああ、そういえばそうだな。その辺はみんな不思議がっていたが、今は聞かないから安心しろ」


 今は、て。後で聞くんじゃん。尋問じゃん、どう考えても!しかもわざわざ後にするってまさかの拷問室とか?!死刑宣告じゃないか!

 ああくそ、状況がわからなくて混乱する。

 ああ、やっぱり死亡フラグしかなかったじゃん。この城!もうやだ!

 せっかく頑張ったのに。怖い思いして頑張ったのに死んじゃうなんて。


「…何で泣くんだ?」


 ぎょっとして、どこか動揺したような王子の声にあたしは初めて涙を流していたことに気が付いた。


「泣いてません」

「泣いてないって…そういえばお前は昔から、そうだな」


 言いながらため息を吐きながら、指で涙をやさしく拭ってくれる。

 …昔からって、さっき会ったばかりの女にそんなことを言うなんて。

 さてはあの噂はほんとうだったか。


「…王子様はタラシって本当だったんですねー?」


 あたしの言葉に王子の動きがぴたりと止まった。絶句しているらしい。

 まあ確かに王子様なんて大事に育てられたらこんな風に平民に生意気な口を利かれることはなかっただろうから絶句はうなずける。

 普段だったら口が裂けてもこんな身分の高い人に言う言葉はないけど、あたしはやけになっていた。

 もうなんかどうせ死刑になるなら言いたいことため込むのはやめにした。


「おまっ、なんで…!」

「城下でも有名な話ですから」

「そ、それは。一応俺も王子だし世継ぎの問題が。……そもそもお前はもういないと思っていたし」


 ?王子の言っている意味が不明だ。

 あたしごとき町娘の言葉になにをそんなに動揺しているのか。

 その様子に少し不安を感じた。

 なんか女慣れしているかと思ったけど、違ったのか?

 しどろもどろな口調に噂とは違った面を見てあきれた。

 案外純情なのか?だから今まで結婚できずに、こんな国中から手当たり次第な嫁募集をかけるに至ったのか。


 我が国の王族としてなんと情けない。

 頭が痛くなった。

 先代の王のような強権的なところがないのは幸いだが、こんなへたれに国を任せて大丈夫なのだろうか、と不安がよぎる。

 明らかに不敬罪なことを考えつつ、だが世継ぎ問題で国が揺れても怖い。

 たとえあたしはここで死刑になるとしても、国が荒れるのを黙って見過ごすことはできない。

 いや死刑になるからこそ言いたいことは言ってやる。


「確かにお世継ぎは国にとっても大事な問題です。

 …誰かいないんですか?正妃にしたい娘は。」

「…いる。」

「だったら、四の五の言わせず娶りなさい。王子相手に文句も出ないでしょうし、王子相手に嫌がる娘もいないでしょう」


 だからさっさと王妃を立てて、お世継ぎ生ませて国を安定させてくれ。

 なんか死んだ後も心配だよ。あたしは。

 死んだあとだとしても国が荒れるなんて考えたくなかった。

 あたしも昔は国をよくしたくて文官を志していた時期もあった。

 だけど、貴族の子供のせいで死にかけた後もあたしは生きていくので精一杯で、試験を受けるどころか勉強する時間さえなかった。

 幸い生活環境だけは回復した。

 あたしがとって食べた草が実は単独では毒になるが、他の毒に対して強い中和性を発揮すると知った父親が、それを商品化したところ、爆発的な売れ行きを見せ、崩壊しかけていた父の商店が持ち直したのだ。

 しかし、事業の失敗時に裏切られ他人を信用できなくなった父はお金を持っても家に家政婦さんを入れてくれるわけでもなく、あたしは父の世話や事業の簡単な手伝い、途中からは継母と二人の姉の世話に追われていつの間にか勉強に机に向かうこともなくなってしまっていた。


 もちろん生活するので精一杯などというのは言い訳に過ぎないのはわかっている。

 結局あたしは怠けただけだ。

 あの直後先王の死去に伴い、戦争が終結し、現在の王が即位し国が安定し始めた。

 飢餓も徐々に落ち着き、流行り病も収まった。

 商業は流れだし、国民に笑顔が戻った。

 だから日々の生活で苦しい思いをしなくなったのもあり、つい怠けてしまった。

 忙しかったのは本当だが、わざわざ苦しい思いをして文官になる必要性を感じなくなってしまっていた。


(…本当はこんなあたしにこの人のことをとやかく言う資格はない)


 現在の国王になってから何度か実施された文官の試験でつい最近女性の文官が誕生したことを聞いた。

 そして女性が試験を受けることを推奨するよう王に進言したのもこの王子だということをあたしは噂で聞いていた。

 だからこそこの人ならばと思った。

 この人ならばきっと国を荒らさない。

 ちゃんとした人を王妃に娶り、基盤さえ安定すれば間違えたりしない。


「俺が言えば、そいつは正妃を嫌がらない…本当にそう思うか?」

「…保障はしかねますけど、思いますよ。

 あ、でもちゃんと真面目に言わないとだめですよ。

 真剣みがないと信じてもらえないと思ういますし。

 あと、人を見た目で判断する人だけはやめておいた方が無難でしょうね?」


 ただでさえむやみやたらと顔がよいのだ。

 以前美貌をひけらかしていた隣の国の評判の美姫が王子と一緒にいて一週間ほどで自身の美貌に自信を無くして帰って行ったという噂も聞いていた。

 確かにこんなのが隣にいたら、きっとかげ口たたかれるうえに、鏡見ては自分との差異を思ってノイローゼにもなるだろう。

 あたしは最初っから自分が美人だとはかけらも思わない。

 だからこんな美形と自分を比べて卑下なんぞしない。

 そもそも別次元の存在と自分を比べてどうする。


 それより、人は中身だろう。

 幸い、まあ言動的に軽い印象はあるが、国王に進言したり国政に関しては悪い噂の聞かない人だ。

 この王子ならあたしみたいに美醜にこだわらない人なら何とか一緒にやっていけるのではないかと思うのだ。


「その点は問題ないとは思うが…真面目に言えばいいのか。逃げないのか?」


 え?逃げる?思わぬ単語に目を見開く。


「逃げられるようなことをしたんですか?」

「……俺はそんなつもりはない。ただ身の安全を考えて兵士をつけたり安全な場所に置いたつもりだったのにいつの間にか毎度逃げられるんだ」


 …なんじゃそら。なんて恩知らずな女か。


「…とんだじゃじゃ馬ですね。そんなじゃじゃ馬が好きなんですか?」

「…本当にどうしてだろうな。しかも鈍い」

「王子の気持ちに気付いていない?」

「そうだな。結構露骨に接しているつもりだと思うんだが」


 王子の言葉に一つ引っ掛かりを覚えた。


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