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4-12

「ここが俺の部屋だ」


 城にこんな部屋を持てるなんて一体どのくらい身分の高い子供なんだろう?

 そう考え、相手のことを詮索しなくて本当に良かったと思った。

 こんなの知らない方が精神衛生上よいに決まっている。

 あたしは部屋の豪華さと男の子の素性について頭から追い出した。

 きにしないきにしない。さっさとお菓子もらって、食べられる草を教えてもらってそれで別れりゃ、問題は何もないはずだ。


 男の子は反応しないあたしに落胆したように肩を落とし壁際にあった戸棚の中から小さな箱のようなものを取り出してきた。

 甘いにおいを放つそれにあたしはいち早く反応した。


「食べ物!」


 突然叫べば男の子がびっくりしたように目を見開くが、反応などすきっ腹を抱えたあたしに関係のないことだ。だが一応人のものを勝手に奪って食べてしまうような教育は受けていない。

 理性を総動員し、口の中にあふれ出た唾をのみこみ、男の子に聞く。


「それ、食べてもいいの?」

「え…あ。ああ」


 言いながら箱を開けて差し出してくれる。

 そこには色とりどりの焼き菓子や砂糖菓子が並んでいた。

 思わず食べるのがもったいなさそうな造形の凝ったものだ。

 だがすきっ腹に見た目などどうでもいい。

 男の子の返事を聞くや否や、あたしはその手から箱をひったくった。

 さらに驚く彼をしり目に猛然と食べ始める。


 お菓子は涙が出そうなほどおいしい。

 おそらく高級品。しかもお腹が空いていなくてもおいしく感じる代物だろう。

 おいしくて、久しぶりの食事に本当に泣いていたかもしれない。


「…お前、泣くなよ?」


 あたしの様子にあきれたような男の子の声にあたしは鼻をズルズルいわせながら、さすがにこんなお菓子を恵んでくれる男の子に答えないのは失礼だと思って口を開いた。


「ひゃいてひゃい…」

「……口を空にしてからしゃべろ。…あ、ほら。お前あんまりがっつくと…」

「…ふぐっ!」

「ああ、もう言わないことじゃない。ちょっと待ってろ。……ほら、水」


 そんな風になぜか世話を焼かれながら、お菓子を完食した。

 水を飲みながら、とりあえず落ち着いたお腹をさする。

 ああおいしかった、もう少し味わえばよかったとか余韻に浸っていると、男の子が声をかけてきた。


「…よほどお腹が空いていたのか。あれ、俺の一週間分のおやつなんだが」


 あきれたように空になった箱を見られれば、空腹が満たされ通常の思考が戻った意識にさすがに罪悪感が湧く。


「ご、ごめんなさい。我慢しきれなくて…」

「……いい。たぶんお前のような状態の子供が出るのは俺たち貴族が悪いからなんだろうしな」


 空になった箱を見ながらどこか今までの厚顔不遜の様子を潜め、厳しい顔をしている男の子に不思議に思う。


「別にあなたのせいじゃない。あなた、子供じゃない。悪いのは大人だもの」


 これは本心だった。

 いつだって子供の意見など大人は聞いてくれないのだ。

 そして戦争をするのも町を荒らすのも大人だ。子供はせいぜい暴力が自分に向かないように逃げたり震えてやり過ごすしかない。


「っ!子供なんて言い訳にならないだろう。俺は…」


 何かこらえるように目を閉じる男の子の様子に不思議な思いがした。

 彼がどんな身分の人間なのかは知らない。だがこれだけの部屋を王城でもらうほどの人だ。きっと今後、国の重要な役職に就くことは間違いないのだろう。

 ならば。


「……じゃあ、この国を変えて?」

「え?」

「あたしみたいに満足に食べられないお腹を空かせる子供が出ないよう。」


 この時のあたしは無知だ。

 今でも知識量があるとは言えないが、それでもそれがひどく困難な道だということはわかっていなかった。

 ただ、そうなればいいとだけ思っただけだ。

 考えなど何もない。

 ただ、他力本願で願った。


「戦争は嫌い。みんな死んでいくし、薬も持って行かれる。

 疫病が流行っても薬は足りなくなるし。………お母さんも」


 あたしの母は流行り病で逝った。

 流行り病は不治の病などではなく、本来かかっても治る病気だった。

 だが戦争を初めて薬の需要の高まりとともに薬が手に入らなかったのだ。

 それ故に命を落とした。


「……お前は母を亡くしているのか」


 どう声をかけていいのかわからないのだろう。

 だが不器用なやさしさだけが伝わり、あたしは少しだけこの男の子と好きになった。


「……でも、悪い。俺に力は…」

「今ないならつければいいだけ。」


 こんな世界嫌いだ。

 だが嫌いと言ってもあたしに変えられるだけの力はない。

 けれど、目の前の男の子ならば。

 地位もありそうでお菓子もくれて、食べられる草を教えてくれようとする男の子ならば変えてくれるかもしれない。

 だが、自信のなさそうな男の子は俯いた。


「…俺にできると思うか?」


 その様子にあたしは苛立った。


「何でできないと思うの?」


 身なりはよいし、体もあたしよりずっとしっかりしている。

 彼でできなくて誰ができるというのか。


「だって、俺は子供だし…周りが…」

「それは言い訳だよ。やってもいなうちからあきらめないで」


 あたしの言葉に男の子は目を見開いた。


「……お前は…」

「ねえ、あたしの夢教えてあげる」

「夢?」

「うん。城勤めの文官になることだよ」


 そこの答えに男の子が戸惑った顔をする。

 だが、それは普通の反応なので特別なんとも思わない。


「おかしいと思う?」

「それは…」

「別に気を使ってもらわなくてもいいの。確かに女の文官に前例はないし。しかもあたしみたいな無学な人間が難関の文官試験に受かるとも思えない。

 けど、あきらめたくない」


 国を変えたい。

 薬があるのに死んでいかなくてはならなかった母。

 仕事を失い、母を失い無気力になってしまった父。

 常に空腹を抱える自分。

 毎日働き手を戦争にとられて嘆く町の女たち。

 国が嫌い。でも一番嫌いなのは何もできない自分だ。


「今は食べていくのだけで精いっぱいだけど、そのうちいっぱい勉強して絶対に女だからって否定されないくらいの成績で試験を突破してやるんだから」


 明文で女がなれないという規定があるわけじゃない。

 だが決して叶うと楽観できない道だが、可能性があるなら頑張りたい。

 なにもできないと嘆くだけで終わりたくない。

 あたしはまっすぐ男の子を見た。

 彼にこそあきらめてほしくない。

 少しでもこの国を変えたいと思ってくれるなら。

 じっと答えを問うように見つめたのち、彼の眼が自信なさげに揺れた。


「…お前は俺に変えられると思うか?」

「思う」


 あたしは即答した。

 だって彼はそれができる地位にいるのだから。

 貴族の駆け引きとか国家間の話なんて知らない子供のあたしは正直残酷だったかもしれない。

 ただ純粋に身分が高ければ、男であればなんでもできると思い込んでいた節があるので。

 だが、男の子はそんな無知なあたしを否定しなかった。


「…そうか。俺も負けていられないな」

「そうよ。…お互い頑張ろう」


 その言葉にあたしは初めて彼の前で笑った。

 その顔が変だったのだろうか。

 男の子が驚いたように目を見開いた。

 その様子は気になったが、家に帰って夢のために動きたかったあたしは男の子の反応を無視して、くるりと踵を返した。


「そうと決まれば、早く動かなきゃ。

 ねえ、図鑑はどこ?」

「…図鑑?」

「食べられる草を教えてくれるといった」

「…え?ああ…それなら」


 あたしの変わり身に驚いている男の子だったが、中央にランプと本と物の乱雑に置かれた机の上から一冊の本を取り出して示してくれた。


「これなら食べられるはずだ。」


 図鑑の絵をよく見れば、家の近所によく映えている草だということがわかった。

 それがわかれば十分だ。

 あたしは立ち上がった。


「ありがとう!助かったわ」


 そのままあたしはその場から走り去る。


「え?あ。ちょっと待て!」


 男の子の声が背後から聞こえたけど、あたしは振り返らなかった。

 夢のこともあって家に帰って勉強したかったし、なにより先ほど食べたお菓子だけでは正直足りなかったのだ。空腹ぎみのあたしは食べ物を採取することに頭がいっぱいで振り返らなかった。

 そしてそのまま家に帰ったあたしは教えられたとおりの草を採って調理し、食べて死にかけた。

 後で知ったことなのだけれど、教えられた草は弱いが毒性のある草だった。

 家の近所に生えているのに、誰にも食べられていないというのはそのためだったのだ。

 どうしてあの状況であの男の子はあたしに嘘を教えたのか。

 平民の女ごときからいろいろ言われて悔しかったのか。

 そんな意地悪をしたのかわからない。

 けれど、あたしはそれ以来人を、特に貴族という連中の言葉は信用に値しないと知った教訓となる出来事だった。


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