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4-11

「おい、そこで何をやってるんだ?」


 その男の子を目にしたときあたしは状況を忘れて一瞬だけ見惚れた。

 だってすっごく綺麗な子だった。

 キラキラと艶のある黒髪に光の受ける角度によって赤く見える瞳。

 整った顔立ちは、年齢のせいもあって中性的だけど、女の子には見えなかった。

 とはいえ、見惚れたのは一瞬だけ。

 その尊大そうな態度にあたしはイラっとした。

 正直この時のあたしは常に空腹状態で機嫌が悪かった。

 だからかもしれない。状況も考えずにあたしは相手を睨みつけた。

 すると、男の子は驚いたように目を見開く。


「なにって、本を読んでいるの」

「……ここは一般市民が立ち入り禁止だと知らないのか?そもそもどうやって入ってきたんだ?」

「知ってるわ。突き出したければ突き出せばいじゃない」

「なっ!おまえそれがどういう意味だかわかって言っているのか?」


 わかっているのか、と聞かれればわかっている。

 腐りきっているとは言え、ここは王宮の一部。

 そこに忍び込んでいるのがバレれば、子供とて縛り首だ。

 だが、ここに来なければあたしは餓死かあるいは毒草にあたって死ぬか、どちらにしても詰んでいるのだ。

 覚悟は決めてここに来た。

 目の前の裕福そうな子供にとやかく言われる筋合いはない。


「わかっているわよ。だから、大人を呼びたければ呼べば?

 勝手にしたらいいし、その代わり邪魔しないで」


 今は目の前にある植物図鑑を覚えることに専念したかった。

 もしかしたら男の子が大人を呼びに行っているあいだに逃げられるかもしれないという打算もあった。秘密の抜け穴を知っているのは母亡き後あたし一人だ。


「……おまえは」


 呆然とした声がしたが、あくまで無視した。

 なぜか男の子はそのまま立ち尽くしている。

 誰かを呼びにいかないのかと怪訝に思えば、いつの間にか男の子がこちらを覗き込んでいた。


「…お前は植物が好きなのか?」


 なぜそんなことを聞く?


「好きか嫌いかで言えば、好きね」


 食べられるから。買ってきたものであれば生でもいいけど、ゆでたり、さっと油で揚げでもいいな。…ああ、やばい。よだれがたれそうだ。

 けどこれから食べようとするのは野草だから、ちゃんと知識を入れなければ、死んでしまう。だから必死だ。


「…好きな割にはさっきからページが進んでいないが…」


 うるさい男だな。

 空腹で頭が働かないのだ。

 本を読むのに適さない状態に、まったく頭に入ってこない。

 さらにここにある本は皆子供には難しく、わからない。まいった。


「さっきから何を真剣に見ているんだ?」


 男の子はあたしの手の中の本を覗き込む。

 どうでもいいが、大人を呼びにいかないのか?さっきからここから去る気配のない美少年をあたしは睨みつけた。


「あなたには関係ないでしょ?」

「もしかして、食べられる野草を調べているのか?」


 図星を突かれてあたしは憮然とした。

 あたしの顔を見た男の子は当たったことが予想外だったのか、目を丸くしている。


「もしかして本当に野草をくおうとしているのか?」

「…あなたには関係ないでしょ?」


 再度、相手はこちらの意図に気づいたとたん、優位に立ったと思ったのかニヤニヤとして笑みを浮かべた。


「…へえ、じゃあどれが食べられる野草かを教えなくてもいいわけか?」


 男の子の言葉にあたしは思わず顔を上げた。

 こちらを覗き込む目と目があった。

 たぶんアタシが顔を上げるとは思っていなかったみたいで、一瞬男の子は驚いたような顔をしたが、あたしはそれどころではない。


「教えてくれるの?」

「え?…ああ。さっき先生の講義を受けたばかりだからな。

 けど、習った本は部屋にあるからここでは教えられない」


 自分で調べるより人に聞いた方が手っ取り早いし、現状では最良のように思えたので期待を持たせただけの男の子の言い分に落胆する。


「…なんだよ。その顔は」

「役立たず」

「うっ…」


 思わず、本音が漏れた。

 男の子が傷ついた様子だったがどうでもよかった。


「お前、俺にその口に利き方…」

「…だから気に入らなければ大人呼べば?

 あと教えてくれる気がないんだったら話しかけないで」


 にべもなく言い放つと男の子は絶句したように黙ったが、しばらくするとまた話しかけてきた。


「…だったら俺の部屋に来れば教えてやる」

「あなたの部屋に?どうやって?」

「抜け道があるんだよ。ちょっとこっち来い」

「…いや。何でいかなきゃならないの?面倒くさい」

「…お前な。……量はないが菓子があるぞ?」

「…行く」


 即答すると男の子が絶句しているが、そんなことはどうでもいい。

 お菓子なんて一体いつ振りだろう。

 うう、考えただけでよだれが。


「…お前って変わってるな?俺じゃなくて、菓子に釣られるのか」


 男の子の言葉にあたしこそあきれた。

 どんな自意識過剰だよ。


「あなたは食べられない」

「…食べられたらどんなのでも着いていくのか?」


 唖然とされればさすがに心外だ。


「あたしだって誰にでもついていくわけじゃない」

「……どうだか?」


 なぜか不機嫌そうに言われて困惑する。

 別に変なことを言ったつもりはないのだが、何に機嫌を損ねたのかわからない。

 だがすきっ腹を抱えて苛立つあたしにとって目の前の貴族の子供の期限などどうでもよかった。


「…それよりいかないの?」


 お菓子くれないなら、…もとい、植物教えてくれないなら話しかけるなと言外ににじませにらめば、男の子がなぜか焦ったようにある方向を指差した。


「…こっちだ」


 彼が指差したのは外に抜けるのとは別の秘密の通路だった。

 母に教えてもらった外へ通じるものとは別の通路。

 なぜそんな道をこの目の前の貴族の子供が知っているのかわからないが、きっと貴族にだけ伝わる秘密の通路なのだろうと勝手に納得して特別何も聞かない。

 そもそも今後関わるつもりもない相手だ。

 詮索しても意味はない。


 ついでに男の子は思いっきりこちらの名前とか住んでいるところとか聞いてきたけれどまるっと無視した。

 そもそも聞いてどうするんだろうと不思議に思った。

 どう考えても身なりからしても身分の高そうな貴族の子供と平民の娘。

 今後出会うことすらなさそうな相手の個人情報など無駄知識でしかなかろうに。


 男の子の質問攻めに無視を決め込んで、しばらく歩いた先にその部屋はあった。

 初めてそこを目にしたときは、その豪華さに驚いた。

 むき出しの石壁の多い庶民の家と違い、絹らしき布で作られた壁を覆う美しい文様を描き出す壁、調度品一つとってもあたしが一生働いても払えるかどうかわからないほど高価そうだ。

 そんな光景に唖然としていたあたしに質問を無視されし続け、疲れたような男の子は平然と言い放った。



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